『Singing Bird』/稲葉浩志

円熟。円熟の歌手のアルバム、という表現がいちばんしっくり来ます。例えるなら由紀さおり?そんな感じ。

頑張らなくてもいいんだよなんて
今の僕には聞かせないで

(『Golden Road』/稲葉浩志)

ソロ3作目の『Peace Of Mind』がリリースされた時点で、「ソロはこれで終わりなんだろうな」と思ってました。なんとなく3作ってキリがいいし、『Peace Of Mind』というタイトルも象徴的だし、サウンド的にも素人の耳にも熟成していってるのが判ったし。ところが6年の時を挟んで『Hadou』がリリースされて、その破壊力に圧倒されて。『Hadou』はそれまでのソロ3作と違って、「稲葉浩志バンド」的な音で、歌詞もそれまで以上に稲葉スピリット全開で僕はソロ作品の中で最も好きです。アルバム構成も凄いし、ライブも凄かったし。『今宵キミト』の境地に呆然としたり、『絶対(的)』という(的)の使い方に驚愕したり。

なので、今年5作目のソロアルバムを出すと知った時、「あれ以上のもの出てくるのかなあ」と、これはB’zと違って少し不安な感情を持ってしまってて、どんなアルバムになるのか、稲葉浩志は必ず進化すると思って予想するとしたら、ソロ活動での「バンド」サウンドは一旦『Hadou』で行き着いたと思うから、より「ボーカリスト色」の強い曲で来るかなあ、と思っていたらアルバムタイトルが『Singing Bird』でひょっとしたら意図的にあってるのかな?と思いつつ、届いたアルバムを通して聴いてみたらこれは非常に円熟したボーカリストの、聴かせるためのシンプルでメロディアスな曲が詰め込まれたアルバムでした。音数もそんなに多くないと思いますし、絵で言うと水彩画のような?なんだったら2,3色しか使ってない水彩画のような。昔から聞いたことのあるような、奇を衒わない、歌声を聴かせるための曲。童謡のようかも。

なので、一聴するとあまりインパクトのない、さらっと聴いてしまうかもしれないアルバムですけど、ずーっと聴き続けたくなる大人のサウンド。そして今までの稲葉の歌詞が、アウフヘーベンを実践するような観念に満ちた歌詞だったけれど、それも「激情的」だったと思えるくらい、更に先に進んで円熟した精神性を示してくれる歌詞の数々。感涙。

例えば『Stay Free』:

自由ってどんなものでしょ
逃げるだけじゃこの手には掴めない

『孤独のススメ』なんかはまるごと引用したくなります:

そして、今の世間に逆行するかのような『Golden Road』に痺れます:

頑張らなくてもいいんだよなんて
今の僕には聞かせないで

ムリをしたっていいんじゃない
笑われたっていいんじゃない
誰かのものでもない
僕だけのゴールデンロード

しかしこのアルバムは、『photograh』にトドメを刺すと思います。いつもながらの稲葉得意のいたたまれない未練感の歌で、いい曲だなあ・・・と思いきや、ふと耳を突き刺すフレーズ:

人は誰もがいつか旅立つと
わかっているつもりでいたけれど

ああそっちなのか、この曲はそっちなのかと、B’zでも珍しい、『TINY DROPS』くらいしか例のない、そっちの曲なのかと、自分の年も思い浮かべながらしんみりと聴き入ったのでした。本当にいいアルバムです。


B00JMOQTIM Singing Bird
稲葉浩志
バーミリオンレコード 2014-05-20

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