図書情報館の乾さんに「絶対読め」と勧められ(実際にはこんな口調ではない)て購入。
民俗学者である著者が、デイサービスの介護職に就き、その職場で利用者との「聞き書き」を通じて話を聞く。民俗学は、高齢者の語りからの情報収集が素材として重要なようで、語りを得る方法として「聞き書き」が優れており、かつ、ケアワークの職場は「聞き書き」相手がたくさん居る、そして「聞き書き」を受けることは要介護者にとってもよいフィードバックをもたらす、という、介護と民俗学の出会いが「介護民俗学」。
介護の現場で民俗学を、というのも目から鱗だし、単に民俗学にとって都合のいいフィールドというだけではなく、「聞き書き」が介護にとっても有効で、なおかつ、要介護者にとっても心の安定に有用なものだ、ということが部外者にも理解できるように書かれていて一気に読めます。介護する人と介護される人、というと、そこに序列があることを前提としてしまっている、この「非対称性」を、「聞き書き」の持ち込みによって対称に解放し、それによって要介護者の「生活」も豊かになる。それは、要介護者が何かを「受け取る」からではなく、聞き書きで自らの経験を民俗学者に「与える」ことによって得る生活の豊かさ、というところが素晴らしさだと思う。
著者が聞き出せた語りはどれも印象深いが、最も印象深かったものを二つ挙げると、ひとつは、昭和10年代は、食糧事情が良くない時代であり、農家がサラリーマンを見下す視線があったということ、もうひとつは、叔母が姪を育てるなど、血のつながりのない親子関係というのが、めずらしいものではなかったということ。
前者は、貨幣経済の浸透過渡期において、「食糧」のウェイトの大きさ、ひいては「生」の実在感を感じることができる。逆に、「これからは貨幣経済が終わりに向かう」という意見を時折見かけるけれど、それは、こういう「食糧」が重要視される世の中に戻っていくということなんだろうか?と考えた。
後者は、現代社会は「家族」「親子関係」の複雑さによる家庭問題が多発していると言われるけれども、少なくとも血のつながりの有無は、急に出てきた問題ではないということが判る。家庭問題の多発というのは、血のつながりの多様化ではなく、主に経済社会の変質に依存するのではないか、と思う。
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驚きの介護民俗学 (シリーズ ケアをひらく) 六車 由実 医学書院 2012-03-07by G-Tools |