割引券の行方

 浅草に宿を取っているというのになぜか喜多方ラーメンを食べに行った夜、近くの席に座った同世代くらいの女性が、ねぎラーメンの割引券を持ってくるのを忘れたんだけど、と店員に投げかけていた。女性の手元にはねぎラーメン以外の割引券がいくつかあったみたいなんだけど、そう言われてもないものはない訳で店員も困って、ダメですねえと答えるしかなくて、結局そのやり取りがどうなったのかはわからなかった。

 そのやり取りを聞いててふと思い出したのが、なぜか大学生の時、当時つきあっていた彼女に回転寿司を奢ってもらったこと。彼女の友達がその回転寿司屋でバイトをしていて、会計をごまかしてあげるから食べにおいで、と誘われたとかでそのお店に行った。回転寿司はなかなかおいしくて、たらふく食べて、確かに一人1,000円ちょっととかそんなもんだったと思う。彼女の友達が適当にレジを叩いてウィンクしていたのを妙にはっきり覚えている。

 もちろん許されることではないし、こんなことが横行してたらお店に損害が溜まる。というか、厳密であれば帳簿上で発覚する。店員ひとりの、ましてはバイトの独断でやっていいことじゃ、絶対ない。でも、僕らが学生の頃は時代が牧歌的だったのか僕が暮らしていた地域が牧歌的だったのか、これくらいのことはバイトでもやっていた印象があるし、これくらいの権限はバイトでも持っていいという雰囲気だったように思う。
 翻って今自分が勤めている会社では、僕は営業じゃないので見積を出す権限がないけれど、営業の人ですら、自分の家族なんかに破格値でパソコンを売ったりすることはできない。自分が担当している企業じゃなければ見積が出せないというのもあるし、コンプライアンス云々というのもある。詰まるところ、会社が大きくて、個々人の裁量を制限せざるを得ないということ。

 なぜこんなことを思い浮かべたかというと、このラーメン屋の店員さんも、自分のお店じゃないから、割引券を忘れてきたというお客さんに、「じゃあいいですよ、今回は喜多方ラーメンの割引券でねぎラーメン食べてもらって」と簡単に言えないんだろうなあと思ったから。ルールをきちんと守って働くことはもちろん重要なこと。でも、知り合いが来たからちょっとオマケしてあげるとか、割引券忘れたけど違うのでまかなってあげるとか、そういう部分が損なわれて汲々としたほうが、業績が伸びていくものだというふうにはどうしても思えなかった。もちろん横領とかはダメだけれど、意外とここには、働いて稼ぐうえでの大事なことが潜んでいると思った。