『虐殺器官』/伊藤計劃

4150309841 虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)
伊藤 計劃
早川書房  2010-02-10

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巷で評判の『虐殺器官』の文庫本が並んでたので購入。僕はSFはどうも苦手と言うか、空想の凄さや思いつかなさに驚嘆しながらページを捲れるタイプの読書家ではないので、突飛な感じのSFは遠慮してたんだけど、『虐殺器官』はどうやらそういう手合いではなくて、背後に社会的な背骨が通ってる雰囲気があったので思い切って手に取ってみた。文庫本の装丁はシンプルで”ソリッド”でとてもカッコいいと思うのだけど、僕はブックカバーをしないので、通勤電車でこの背表紙を見た人々にはやっぱり気味悪がられたのかな。

本当に偶然と言うのかセレンディピティと言うのか世間がそういうふうに回っているのか、マイケル・サンデルを読んで、『ドーン』を読んで、そしてこの『虐殺器官』と来た。改めて、9・11というのが以下に現代の人類に、社会に、政治に、衝撃と困難な課題をつきつけたのかを実感。『虐殺器官』は、アメリカ情報軍特殊検索群i分遺隊という、「暗殺」を請け負う唯一の部隊に所属するクラヴィス・シェパードが、後進諸国で続々と発生する内乱や大量虐殺の陰に必ず存在すると言われるジョン・ポールという男を追う物語だが、テロとの戦いにおける管理体制と国家関係を縦軸、自分の母親の生命維持装置を停止させたことと自分が遂行している暗殺との違い(あるいは同一性)にうち苦しむシェパードの姿を横軸に展開する。

テロとの戦いの部分は、ジョン・ポールと二度目の遭遇をした時点で、たぶん概ね筋が理解できてしまうと思う。悪人と思われる人にもそれなりの事情があって…という、ヒトラーの物語を借景したような筋書と、「必要悪」を是認せざるを得ないと主張しがちな国家の事情をミックスさせながら、「虐殺の器官」の正体を知ったシェパードが選択するラスト。このあたりは、ストーリーを楽しむところではなくて、それぞれが「自分の立場」でモノを考えるときに、正しく進めないと陥ってしまう悲劇の1パターンとして肝に銘じながら、自分の考えを練り上げる材料にすればいいのかな、と読みながら思った。政治の過程をよりリアルに描いていた『ドーン』のほうが、より実際的に考える材料になるし、『虐殺器官』はそういう意味では戒めというか、昔話のような効果を持つかなと思う。

どちらかと言うと、僕は「意識がなくなればそれは死か?」という、母親の生命維持装置を停止させる下りが印象に残っている。SFという力を借りて、現在における脳死状態等から更に一歩進めて、「脳の何が残っていればそれを意識と言えるか答えが出せない」という医者の見解を、脳の一部を操作すれば、「痛み」を受けたことは分かるけれども「痛み」は感じない、という芸当ができるほど技術が進んだ時代でも、意識に関してはそうなんだと語らせることが深みに感じられる。意識とは何なのか?それは、「何だから自分なのか?」というところに行き着く問い。

言葉についての軸は、読んでるときは面白いと思ってたけはずだけど、感想を書くときには全然意識に上らなかった。書くべきことを忘れてないか、付箋のつけたところをパラパラと捲ってみて、ああそういうテーマもあったな、と思い出したくらい。