ファーストフード店での品格

とあるマックでMサイズのホットコーヒーを頼んで仕事をしていると、それは起きた。

二十代と見える男性店員が、少し離れた席に座っていた五、六十歳の男性に話しかけた。話しかけるというよりは詰め寄った。

「お客様。お客様。お客様!」

机をコンコンとノックもするのだが反応がない。客の男性はイヤフォンをしていて何か聞いているようだが、あれだけ人が詰め寄ってきたら普通気づくと思うので、寝ているようだ。

とうとう店員がその男性客を揺すって気づかせた。

「お客様!これ、持ち込みですよね?持ち込みは困るんです!お済でしたらお帰り頂けますか!」

男性客のテーブルの上のトレーには、コンビニのサンドイッチと思しき包みの屑、バナナの皮、飲みさしのいろはす。Sサイズのコーヒーが申し訳のように隅に置かれていた。

どうもやり取りを聞いていると、男性客は以前から繰り返し持ち込み・長時間滞在をやっているらしい。それを不快に思っていた若い店員が、溜まりかねて爆発した、という感じだった。

男性客のほうは「チーフを出せ」とか「まだコーヒー飲んでるんやわ、他の人もたくさん居てるでしょう、コーヒー長い時間飲んでる人」とか「マックってこんな怖いとこやったけなあ」とか、のらりくらりと躱している。

僕は非常に複雑な気分になった。これは今はやりの「お客様は神様か?」文脈に通じることだと思った。

  • コーヒー一杯で長時間滞在することの是非
  • 持ち込みすることの是非
  • 長時間滞在の上、座席で眠ることの是非

「ちゃんと商品を買って入店していて、滞在時間に制限がないんだから、何しても構わない」というスタンスの「客」という存在が増えて半ば当たり前みたいになったのはいつからなんだろう?やりはしないけどもし僕があの男性客と同じことをしたとして、注意されたら恥ずかしくて退店する。それがまっとうな感覚というものだろう。園遊会で陛下に手紙を渡してはいけないなんて「いちいち書くことではない」という以上に、いちいち明文化しなくても分かってないといけないことだろう。「書いてないじゃないか」という言い草がいかに下劣な人間性なのかということを、僕たちは改めて世に浸透しなければいけないと思う。

正直に言って、あの店員は、もう少しうまい言い方は確かにあったと思う。人を、とりわけ客を思うように動かしたいのなら、言い方は非常に大事だと思う。しかしそれは、あくまで「結果」にフォーカスした行動方針だ。言い換えると、自分が手に入れたい「結果」のために、自分をある意味で「曲げている」ということもできる。自分の常識に照らしてあってはならないことをやっている相手に対して、今後の店の売上とか自分の雇用とかそういうのを算盤に入れた結果、「下手に出たほうがいい」という判断でやっていることだ。果たしてそれは褒められたことだろうか?ここで、「お客様は神様なのか?」という命題が登場する。僕は、客であればいかなるときでも丁重に扱われなければならないという常識はそろそろ終わりにしていいと思っている。第一、「お金を払っているから」という論法は、「じゃああなたよりもお金を払っている方をより優遇します」と言われたらぐうの音もでないロジック、のはずなのだ。

男性客も店員もどっちもどっちで片づけるのは簡単だけど、僕は、どんなときでも言葉遣いというのは最重要だという基準を当てはめたとしても、やはりこの件は男性客が間違っていると思う。こういう状況があった際、「あれはあの客が悪い」と誰もが思う状態がまっとうだと思う。