『悟浄出立』/万城目学

「俺はもう、誰かの脇役ではないのだ」!!

運命の出会いを果たした『悟浄出立』ですが、それはそれはもう面白かったです。『文芸ブルータス』で読んで感動した表題作『悟浄出立』をはじめとする短編5編が収められています。帯に「古典への愛とリスペクトが爆発」とある通り、中国古典をベースにした芥川ばりの換骨奪胎で、漢字四文字で収められたそれぞれの作品のタイトルには「俺がこの作品で新しい四字熟語を産んでやる」と言わんばかりの気概を感じます。

『悟浄出立』を読んだ時にも思ったのですが、小説というのは、ほんとは誰もがそうなんだよ、と頷きたいテーマを、ありえないような虚構の世界とそれを描き出す言葉の力を持って、頷きたいテーマに真摯に頷かせるのが真髄だと思っていて、この『悟浄出立』に収められている5編は、「誰もが頷きたいと思っているテーマ」と、それを直截に見せるのではなくするための世界の描き方、もっと言うと難しい漢語を駆使した中国古典の世界観の配合の割合が絶妙で、どんな人でも読めば作品が取り上げようとしているテーマを掴み損ねることはないと思われるにも関わらず、それを正面から受け止めるのにこっ恥ずかしさがありません。

取り上げているテーマはどれも現代的で重々しいのですが、例えば『法家狐憤』:

「陛下に危険が迫ったときは、臣の判断で衛兵を招くことができるようにな。どうだ、滑稽な話と思うか?陛下の命が失われたら、我々の国はおしまいだ。我々が作り上げた法は、あっという間にただの竹屑になる。それなのに、我々は法に従って、誰も衛兵を呼びに行かなかった。あるじが命を落とす瀬戸際にもかかわらず。おぬしはどう思う?我々は馬鹿の集まりか?」
(中略)
「確かに、滑稽だ。だが、それが法治というものなのだ」

初出が2014年2月なので、これが集団的自衛権を念頭に置いていないと考えるのは妥当ではないと思います。「臣の判断で」というあたりが、曲げて捉えて「解釈改憲の是認」という向きもありそうですが、ここはやはり「それが法治というものなのだ」、つまり「どんなにそうすることが当然というような場面であっても、それが法に定められたやり方でなければ為してはならず、それを為すためには法を改めるのが手順。法が国や人民に優先する」という、誰もが「そうなんだよ」と頷きたいテーマを訴えていると読むのが妥当だと思います。その「法を守る覚悟」を、二人の「ケイカ」ー京科と荊軻の命運のコントラストで読み手に強く印象づけます。

「なぜか「主役」になれない人へ」とも帯にあるのですが、本作を読むと、自分が主役か脇役かということよりも、人生で出会うひとりひとりの人々をみな「主役」として受け止めることが大事なんだと気付かされる一冊です。今現在、今年のイチオシです。

4103360119 悟浄出立
万城目 学
新潮社 2014-07-22

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