2017/01/30-2017/02/04の振り返り

  • 不機嫌が最大の罪であり敵。社会人たるもの感情をコントロールできなければならない。
  • まとまった時間が取れない。必ずこの時間は見込めるという保証がない。
  • 個人的努力の範疇を超えている。
  • 高性能なOCRがあればもう少し効率的になりそう。
  • 正しく話すこと。
  • 数字だけでなく、ストーリーも暗唱する訓練をする。
  • 向上心のないものは馬鹿だ。
  • 平均値で会話することには確かにほとんど意味がないかもしれないが、周囲5km圏内を世界のすべてとして平気な面をしている感覚は、愚鈍というしかない。それで平気でいられる神経が、自分も自分の身内もすべてをスポイルする。

独走会ランナバウト - 2017/01/29 TRANSIT - 奈良オーガニックマーケット - マルイチカフェ - TRANSIT

ひさしぶりのグループポタリングで体力の低下を激しく痛感。
毎度のことながらあてにならない週間予報に振り回され、行き先を決めきれないまま週末になり、「そう言えばTRANSITんとこの大将がポタリングのお誘い出してたっけな。大将誕生日だしおめでとう言えるしちょうどいいな。でもダートコースになったのかな。ダートならヤだな」と朝っぱらから迷惑メッセージを送ったところ、ロード参加でダート見送り、とのことで混ぜてもらうことに。  

行き先もルートも完全におまかせのライドは、役に立てないので申し訳ないという思いがありながらもとても楽チンでありがたい。今回いちばん思ったのは、よく道を知っていると、信号の極力ない道を選べるんだなーということ。ポタリングだとペースはそんなに大事じゃないかもしれないけど、比較的短時間だからこそ余計に停止を少なくしたほうが走れる時間が増えて楽しい。なので、地元の道はちゃんと把握に努めよう。自分で走るときはわかりやすい道しか考えないので、誰かと走るというのはこういうのがいいところです。  

奈良オーガニックマーケットでNAKAYAMA COFFEE。Organic SanPedro、香ばしさ満載でした。刺激じゃなくて広がり。 

マルイチカフェ。出発前に大将から「ホルモン定食がめっちゃうまいんだけど、ウェブサイトはもちろん電話もわからないので今日やってるかどうかもわからない」と聞かされてたんだけど幸運に恵まれ食べることができました。もう一皿全然食べられるくらいうまかったです。 

ウィルキンソン(辛口)飲んで和み十分エレルギー充填十分、12時も過ぎちゃったのでTRANSITの開店に間に合うよう急いで帰りましょう、なのですが…なぜか西大寺あたりまでで千切れてしまってました。もう全然ついていけん。マルイチカフェまで20kmくらいだし、休憩十分だし、なんであんなに心拍が持たなかったのか全然わかりません。が、なんとなく、最近の傾向で、一度まとまって休んだ後、どうにも足が回らなくなっている気がする。これはリカバリ能力が著しく低いということなのか…。何をどうやって鍛えたらいいのか、どう考えても長時間乗るしか鍛えようがない気がするしそれはもう絶対無理なことなのですが、悩ましいけどちょっと調べてみよう。

"開戦する潔さがない?"(『苦悩の果てのそれも答えのひとつ』)

ドハマリ中です『CHUBBY GROOVE』。発売前に曲名一覧見て一発で気になると思いつつその気持ちを抑えたんだけど目下このアルバムはこれがいちばん。
    

稲葉の「恋愛をモチーフにして社会的なことを言う」歌詞の真骨頂。出だしが

死んでも手に入れたい
そんなものないんだな
残念だけどこの頃
つくづくそう思うよ

で、「あーすごく夢中になるような何かを見つけることができない、残念な自分みたいだなー」という解釈で感情移入しかけたところに

開戦する潔さがない?
手を挙げる大胆さもない?
弱虫でしょうか?

ですよ。参ったね。まさか安全保障に於ける、もっと言えば憲法に於ける日本の立場を織り込んだ歌詞です。「海戦する潔さがない?」と、「開戦」という言葉を入れているから間違いない。だから、出だしの「死んでも手に入れたい そんなものないんだな」も、命を懸けてまで戦う理由なんてないんだ、ということを婉曲的に言っていると読めます。過去に「大量破壊兵器」という言葉を歌詞に入れた稲葉ならではの歌詞。開戦も無条件に従うでもなく対応していくことを否定はしないこの歌詞。開戦する潔さも手を挙げる大胆さも、結局自分たちが傷の付かないアクションならなんでもいいと思ってるんじゃないでしょうか。

額はさておきカネを出す - 2017/01/23 change.org 横浜市の原発いじめ問題について横浜市教育委員会にいじめ認定を求めましょう!

change.orgで賛同したのをシェアするのは性にあわなかったんだけどこれはする。これをせずして何をシェアするんだと思う。

「おごる」という言葉尻を使って理屈こねてまでいじめと認めたくない事情っていったい何なんだ。じゃあオマエは150万おごれるのか。そもそも子供で150万一方的におごることなんて普通じゃないだろう。そこまでして守らなきゃいけないものって何なんだ。土台、公務員が憲法尊重擁護義務なんて無視したっていいって政治が態度で示すご時世だぞ。守らないといけないのは規則や筋じゃなくて子どもだろう。

ほんとに頭にきて、このキャンペーンがより多くの人の目に触れる助けに少しでもなればと、ここからキャンペーン広告を支援しました。SNSのシェアとかいいねとか、社会の改善のために一体なんの力になるんだと常々疑問視しているので、change.orgもクリックで賛同して一体何になるのだと、たしかにchange.orgは名簿になって提出できるので、日本会議がやってきたような陳情作戦のカウンターにはなるんだろうけど、それでも実効性はどうなんだろうと思いつつ、おカネを出すことが厚みにつながるはずと信じて。

2017/01/16-2017/01/22の振り返り

  • ペースが変わると疲れる。が、掴まなければならない。
  • ネガティブに対してどのような言葉を発するかのモデルケースは、多くはないけれども持ち合わせはあるので、思い起こしながら使いこなせるようにする。
  • 使いこなす、ということ。
  • 疲労を一旦どこでリセットするか。同じことを考え続けていると確実に疲れるが、疲れても一度取り憑かれたものを考え続けたほうが楽という惰性があり、それから一旦離れることのほうが大きなエネルギーを食う。しかし、それはできるようにならなければいけない。
  • フラットになること。

”自分勝手ならごめんなさい”(AISHI-AISARE)

明後日あたりにはCD届くだろうというのにこれだけのためにdヒッツ申し込もうとしたくらいだった(実際はdヒッツはダウンロード未対応とわかったのでそれならyoutubeでもいいやと思ってやめた)。

"BLACK COFFEE"と同じようなこの苛まれ感。この歌詞は、そこまで深刻なことを歌っている訳じゃないとくらいは読み取る力は僕にもある。出だしで

喜怒哀楽とか天井シラズ
たまにキズ 言葉が暴走して
取り返しがつかなくなる

と言ってるんだから、これは相性抜群平穏なふたりの”言い過ぎ”ケンカ程度がモチーフの歌詞だ。それを思いっきり80年代歌謡ロック風にして不釣り合いに情感たっぷりにしている、そのアンバランスさが面白い曲だ。とはわかってる。わかってるけど、

無我夢中で取り戻したい

やっぱりここ。続く歌詞が

春の陽のように優しい感触

なので、相手を失っている訳ではなくて相手との仲直りを”取り戻したい”と言っていると思うけれど、僕にはここはそれ以上に響く。なぜなら、その前に

自分勝手ならごめんなさい

という一節があるからだ。言葉が過ぎたケンカの仲直りで”自分勝手”は普通ない。相手も言葉が過ぎていて、両方仲直りしたいと思っているはずだ。それを”自分勝手ならごめんなさい”というということは、自分のほうが悪いと思う何かが頭の中にあって言っているシチュエーションが浮かぶ。そしてその取り戻したいと思うものを”春の陽のように”と、季節のような長いスパンの言葉を持ち出してくるところに、長い時間の中で失われてしまった優しい感触の”何か”を思い浮かべずにはおれない。

これは長く一緒にいる中で、馴れなのか惰性なのかでずるずると失ってしまった、付き合って間もないころの初々しい、すべてに優しい気持ちを持つことのできる自分を取り戻したい、と歌っている歌に違いないと僕は思う。それを失ってしまったのは自分の心掛けの悪さなのに、それを取り戻したいというのは、”自分勝手”と自覚があるのだ。そして、”自分勝手”と思うのは、春の陽のように優しい感触は、自分だけでは取り戻せないとわかっているからだ。自分の心掛けの悪さで、相手もそれを失ってしまっていたら、自分だけが取り戻しても二人の間では優しい感触は帰ってこない。だから、自分勝手だけど取り戻したい、と言っているのだ。

そしてこの曲がそこまで大仰なことを言おうとしているというのは、二番のここでも伺える:

欲しい物見つけたら
がむしゃらに突き進む
必死の思いで 手に入れた宝が
いつしか重くのしかかる

そして、優しい感触は、春だけではなく、夏も秋も、反語のように引用されてるのに、冬はない。

春の陽のように優しい
夏の雨のように優しい
秋の予感のように優しい
ゆずれない感触

2017/01/2-2017/01/08の振り返り

  • 自分は数字に疎く弱いということに劣等感があったが、逆にそれ(数字)しかできない連中じゃないかということに気がついた。
  • いつまでも同じ様式を保つことはできないので、そのときそのときで最善を考え善意で柔軟に進んでいく心がけが重要。
  • 一度に大量の時間を投入するほうが有効。
  • 目先を変える方法。
  • なんと思われてもよいと強く思うこと。
  • 何が”必要”か?という視点だけでは、跳躍を生むことができない。冷静な計算も必要だが、やみくもに動き回って失敗することも必要。
  • 読書の時間をもっと増やす。

街のサテンで豆を買う 2017/01/07 nakayama coffee

買ったお店は”カウリ”です。春日大社への初詣の帰りに。

春日大社では娘を連れて御朱印を頂きに行き、「すみませんが娘の名前も書いてもらえますか?」といつものようにお願いしたら、「名前だけでいいですか、”ちゃん”とつけておきましょうか?」と娘を見ながら申し出てくださった。去り際に娘に向かって”バイバイー”と手も振ってもらった。一言二言話せるだけでとても嬉しく感じる。

帰りにならまちを散歩。おくたで甘口・辛口のみたらしを一皿ずつ。その足で風の栖とカウリへ。カウリでぱっと目に入った珈琲を、嫁さんが買ってくれた。ロードバイクで豆を買いに行く際の候補で調べたことあるんだけど、なかなか機会がなくていけてなかったnakayama coffeeの豆でした。なかなか機会がなくて…と思ってたら実は8月のランナバウトで近く通ってるな…。

chill chillを入れてみました。”ビター&スイートな深入り”と説明があるんですが、結構フルーティでもあると思います。僕が超ビター好きなのかも知れませんが…。カフェインレスはグアテマラが多い、という理由だけでグアテマラばかり選んできたので、今まで選んできたグアテマラの中ではいちばん果実的なコクが強い味でした。グアテマラ・タシータ農園という名前を覚えておこうと思います。

『住友銀行秘史』/國重 惇史 『テロルの真犯人』/加藤 紘一 『YKK秘録』/山崎 拓

2016年は非常におもしろい日本のノンフィクションに多数出会った1年でした。中でも弩級だったのがこの3冊:
『テロルの真犯人』は10年前の出版だけど、知らない事実も数多くあり、読めてよかったと思う。この時点で日本会議に言及していることが最大の驚き。
『住友銀行秘史』は入院中に一気に読んだ。イトマン事件って目にするたびに本読み返したりウェブ検索して記事読んだりするんだけど、よく分からない事件だなあ…とずっと思ってたんだけど、本著はイトマン事件を理解するのに(当事者の記載ということもあり)ずいぶん役に立つと思う。
『YKK秘録』は『テロルの真犯人』より情報量が多く(『テロルの真犯人』は自身の思想信条を表明している著作なのに対して『YKK秘録』はクロニクルなので当たり前なんだけど)、90年代~00年代の自民党政治の変遷を概観出来て面白い。中には、世論的には批判がありそうな行動も、さも政治家的には普通ですよと言わんばかりにさらっと書いている部分もあって、政治の常識(それは世間の常識と近似なのかもしれないけど)を知るという意味では非常に有用。
 
4062201305 住友銀行秘史
國重 惇史
講談社 2016-10-06

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4062137380 テロルの真犯人
加藤 紘一
講談社 2006-12-19

by G-Tools
4062202123 YKK秘録
山崎 拓
講談社 2016-07-20

by G-Tools

2017/01/01の振り返り

  • 2016年に見聞した言葉・文章の中でいちばん深く突き刺さったのは熊谷晋一郎氏の「自立は、依存先を増やすことだった。子どもの頃から「自立」を価値観の第一等のひとつに置いて躾けてもらってきて、今でもそれは間違っていないと思っているけれど、協同と甘えの境界線を明文化できないでいたところに目にしたこの言葉は、人には当然のことだったのだろうけど自分にとっては巨大な衝撃だった。言われてみれば全くもってその通りなのだった。倫理観や道徳観を脇に置いて、経済的に(裕福で)自立している層というのは、いうなれば依存先を多数持っているのだ。ネットワークの広い人が自立しているカラクリと言うか仕組みを端的に突いていた。
  • 2016年の年初の振り返りを振り返ってみて、50歳を視野に入れていることに軽く驚いた。50歳を視野に入れることは、この2、3か月の間に始めたことだと思っていたから。
  • 思えばこの3年、急速に年を取ろうとした3年だったと思う。40歳を過ぎ人の親となり、いたいけな若さを保つことへの後ろめたさとやっていられなさから、考えるうる限りの思慮深さや分別を身につけなければならないと思って過ごしてきた3年だったと思う。
  • しかし、45歳の年にして思うのは、正に「三つ子の魂百まで」ということで、今更分別だの四の五の言っても始まらないような気がするし、成長を続けていくためには失ってはならない若さというかみずみずしさは確かにあるし、それをはき違えてしまうほどにはもう未熟ではないという確信もあるし、もう変われない、だから変わらない、このままの自分でやれることを増やしていく、という心境が出来上がりつつある。
  • 一方、日本会議に端を発する読書の中で、世には「単立」という言葉があることを学んだ。神社本庁に属さない神社のことだが、「単立」という一般熟語の響きを持つシンプルな二文字がそれほどの意味合いを含んだ名詞としてあることに驚いた。そして、その「単立」のスタンスが、「依存先を増やした自立」の概念とクロスする。
  • その上で、「独走会」のスタンスに通ずる、「自立」のための魂、「依存先を増やす」ことと「甘え」を峻別していくこと、それに自覚的になったうえでなお孤独を選び、選んだうえで仲間を増やす、コンピュータの世界では、主従の役割や並列の役割なく単体で完結するコンピュータを”スタンドアロン"(Stand Alone)というが、「依存先を増やした自立」という哲学をより実践していく言葉として、先の「単立」もイメージしつつ、Aloneではなく「より強く立つ」(ことによって自立する)という意味を込めるのが2017年のテーマ、”スタンドアロング”(Stand Along)