俺の宝物と言えば皿だった。皿が宝物と言っても、有名な産地の高級な焼き物という訳でもなく、一生モノと言われる高品質なものという訳でもない。どこにでも売っているポリプロピレン製の皿で、自分で腕枕して寝そべっている漫画のトラが描かれている。今みたいに、手ごろな価格でデザイン性の高い北欧家具が買える、なんて考えられない事実の話だ。中学生にもなってこんな皿使い続けさせるなよ、なんて思いながら、そのトラの絵を右回りに回せばトラが起き上がるように見えるので、そんな遊びをずっと続けていたような気がする。言うまでもないことだけど、なんの特別なところもない、使い勝手に細やかな配慮もされていない、ただ、皿としては最低必要な条件を満たしているだけ、というような皿を、気に入っているからこそ長く長く使い続けた、そのことこそが大切なことなのだ。
どこかに行かなければ大切なことは手に入りません、という発想も好きになれなければ、どこかに行きさえすれば大切なことが手に入ります、という性根ももちろん好きになれない。なんでもない日常にこそ、大切なことは散りばめられているなんて暢気なことは言えない。ただ、誰かが唆すのに安直に乗ってしまうのが嫌いなだけだ。もし、大切なことがとても足を踏み入れにくい密林の中にあると言われれば、どうにかしてそこに行こうとするだろう。自分にとっての宝物を、誰かから決められたりはしない。
今の会社は、外資系のIT企業なのに、誰かが転職することを少し批難するような風潮がある。ほぼ誰もが、どこかから転職してきた人間なのにも関わらず。
確かに、お金だけを追いかけて、節操なく渡り歩く姿というのは、日本人の感覚的としては好ましくは思えないので、批難含みになるのはもちろん判るんだけど、最近、それもどうかなあと、しばしば、つくづく、思うようになった。
この夏以降、自分の身に起きたことで、いろいろと考えることが多かった訳だけど、仕事をする人間としては、やっぱり社外から欲しいと思われるようでないと、つまり転職できるような人間でないとダメだなあと、つくづく思うようになった。もちろん、以前からそう肝に銘じていたことではあったけれど、会社の中で愚痴に近い不平不満諦めの言葉を言うだけだったり、「売れればいい」的な言い草・姿勢が通るのでそう振る舞う人達に囲まれる内に、だんだんと内弁慶に毒されてしまっていたようだ。
年を取ると変わりにくくなるように、人間的な環境というのは変えるのはとても難しい。なるべく影響を受けないように自衛することと、世界を変えるか、さもなくば別の世界をもう一つ持つことだ。そして、その世界はもう開けている。
僕は長い間、今晩が山という言葉を間違えていた。今晩が山というのは、今晩が助かるかどうかの正念場、今晩を乗り越えれば助かる、という意味ではなくて、今晩、ほとんど間違いなく終わってしまうということを、万に一つの可能性は可能性として残っているからそれで厳密に「山」だということで表現を和らげているのであって、今晩が峠という言葉とは、うっかり同じ意味だと捉えてしまうが、峻別するべきだったのだ。峠は、越えることができる。山と言ってしまったとき、それは越えようがないものなのだ。
祖母を亡くした小学生の時、僕は「山」も「峠」も感じることができなかった。病室に到着したときには、祖母はもうこの世の人ではなかった。学校で給食を食べていた僕と妹は父が迎えに来て、母は先に車を飛ばしていたのだが、僕ら兄妹を連れて病室に入った父に「間にあわへんかってん」と涙を堪えて伝えた場面で、病室の記憶が終わっている。
朝の通勤ラッシュの地下鉄のロングシートに、お爺さんが座っていた。結構乗り降りの激しい駅に到着して扉が開いてから、お爺さんは腰を上げた。そのお爺さんの前でつり革に捉まっていた僕は、お爺さんが鞄を整え始めていたので、次の駅で降りるんだなと察しはついていた。だから早めに身を開いて降り易くしたのに、お爺さんは電車が止まって扉が開いてから下車の動作に入った。他にも降りる人はたくさんいて、お爺さんが下りる道筋はできそうだったけど、それも乗り込んでくる人で早々に埋められてしまいそうだった。お爺さんはバランスを取って両足で踏ん張ってがっしと立ち上がると、まだ開いていた下車道を確かな足取りで進んでいこうとした。
あのお爺さんは、今、山を登っている。それが毎朝のことなのか、その日の朝だけのことだったのかは、判らない。そうして、それを一瞬じれったく見てしまった僕も、確かに山を登っていたのだった。
希望とは目の前にある道
いつもと目立って何かが違う訳じゃないのに、翌日朝起きたとき思い出したら温かい気持ちが湧きあがる、そんなライブでした。
開場前、グッズのトートバックにグッズを満載にして自転車で走って行った高校生3人を見て、「オークションかなんかで売るためにグッズ買いに来たのかな~」と淋しいことを考え、「アメリカ公演が思いの外はけなかったから、日本で追加公演やったってことじゃなければいいけどな~」と考えてはいけないことを考える。
SHOWCASEもB'z in your townも(あれもSHOWCASEか)一回も当たったことがなく、まして本編のLIVE-GYMでも城ホールの設定があったときに当選したのってspirit looseのときだから16年振り?まさか生きてるうちにもう一度城ホールでB'zが観れるとはほんとに思ってなかったな。
セットリストは、他の日本公演同様、ほぼアメリカ公演と同じ。
Love Bomb(愛のバクダン 英語バージョン)
GO FOR IT, BABY -キオクの山脈-
ultra soul(英語バージョン)
Splash(英語バージョン)
Brighter Day
Easy Come, Easy Go!
MOTEL
もう一度キスしたかった
愛しい人よ Good Night…
ZERO
ミエナイチカラ ~INVISIBLE ONE~
ねがい
Into Free -Dangan-
juice(英語バージョン)
IT'S SHOWTIME!!
衝動
Home(英語バージョン)
HEAT
BLOWIN'
HEAT(ミュージックビデオ撮影)
"Brighter Day"を凄く楽しみにしてて、真剣に聴きました。あの少し影のある曲調であの歌詞が載るところがたまりません。若干ムード歌謡的になってた(笑)"もう一度キスしたかった"に続いて、"愛しい人よGood Night..."が。"愛しい人よ"も大分今の歌い方で歌ってたと思うんですが、昔のイメージそのまま再現されたような感じで不思議でした。すごく良かったです。
セットリストで変わったところはそこだけで、準備するのも大変なんだろうなあと考えてしまいました。基本的には"c'mon"ツアーと同じメンバーだから、"c'mon"からの曲ならできるのかも知れないけど、舞台演出とかもあるし、演奏の練習もしないければいけないし、もともとアメリカ公演向けに選ばれた曲群なので、そうそう簡単に曲を入れ替えたりできないんだろうなあと、そういうことを考えながら聴いてました。
今回いちばん盛り上がったのは"衝動"。
”希望とは目の前にある道"。
世間的には無邪気に信じて掲げていい年じゃないということはちゃんとわかっていつつ、実はそういう単純で純粋なことがいちばん強力だということもわかっている。
ただ、そのためには場所は選ばなければいけない。そのことを強く思わされた一曲だった。
アンコールも、予定通り?他と同じでHOME(English ver.)/HEAT/BROWIN'。HOMEは凄い好きなので嬉しかったけど、HEATとBROWIN'ってやっぱ若干季節外れだよな~とか思ってたら、「いつもはここで終わるんですが~」の稲葉のMC。なんでもHEATの映像収録をするとかで、撮影のためにもう一回HEATを演奏すると。会場大盛り上がり。演奏後、「不自然なくらいに盛り上がってくれてありがとう。やっぱ大阪すごいわ」と言う通りの盛り上がりぶりでした。
今回、稲葉のMCは少な目で、ACTIONやc'monのときのような、気の利いたセリフを並べることもなかったんですが、なぜかとてもあたたかいものがありました。それは、やっぱり日本でも、日本のファンのために少なくてもライブをやろうとした彼らの「ホームへの気持ち」が、伝わってきたからじゃないかなと思ってます。けして会場が自分がいつも行けてるドームに較べて小箱だったからじゃないと思います。
"Brighter Day"はここに収録されてます:
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THE CIRCLE B’z バーミリオンレコード 2005-04-06by G-Tools |
本屋でふと見つけたこの本を読んだのは去年の11月。『ラフ・ライド』というメインタイトルと、サブタイトルにある「アベレージレーサー」という単語から、スーパーヒーローでない選手が遮二無二戦う話かと思ったら、自転車界に蔓延する悪習、ドーピングを正面から扱った話で驚き、一気に読んだ。
まさかあれから一年、自転車界のスーパーヒーロー、ランス・アームストロングがドーピングでツール7連覇のタイトル剥奪と永久追放という事態が起こるなんて。事件はドーピングに手を染めた選手やチーム組織だけでなく、自転車界全体に問題が偏在しているという報道に進んでいるけれど、何にしても、これによって「自転車」に対するイメージが決定的に損なわれてしまうことだけはないように願うばかり。競技ではない、趣味で楽しむホビーライダーにとっては、ドーピングなんて全く無縁のことだから。
ロードバイクとか、そんな高級な自転車でなくっていいんだ。シティサイクルで、ママチャリで、自転車の楽しみは十分味わえる。みんなそれぞれの楽しみ方ができればそれでいいし、そこが自転車のいちばんいいところなんだ。
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ラフ・ライド―アベレージレーサーのツール・ド・フランス ポール・キメイジ 大坪 真子 未知谷 1999-05by G-Tools |
今、日本は空前の自転車ブーム。ほぼ連日のようにニュースでは自転車に関するニュース(それはたいていピストの暴走とかのあまりよくないニュース)が取り上げられる。エコな移動手段、健康的、クリーンなイメージと共にある自転車。でも自転車がブームになったのは今が初めてじゃない。1960年代にも大流行したことがあるらしく、当然だけどその歴史は古い。
本著が取り上げているのはそれよりはまだ新しく、1980年代後半のツール・ド・フランスを中心に語られる。1980年代と言えば日本は高度成長期からバブルに向かおうとする、正に現代に通じる発展を遂げてきた時代で、世界ももちろんそう変わらない。にも関わらず、登場するエピソードはいったいいつの時代の話なんですか?と繰り返し聞きたくなるくらいに泥臭く闇の世界的なある行為が語られる。ドーピングだ。
自転車競技は1980年代、薬物に汚染される道をひた走っていたらしい。ドーピング自体は禁止行為だったが、バレなければ構わない。というよりも、バレずに済むことが判っていれば使用する者が当然のように現れ、使用しない者は使用する者にどうやっても勝てないとすれば、これも当然のように誰も彼も使用するようになる。正に悪化は良貨を駆逐する。そこまでして勝たなければいけない最大の理由はスポンサーだ。つまり、1980年代のロードレース界は、金によって薬にズブズブと使ってしまっていたのだ。
著者のポール・キメイジは本著のサブタイトルに「アベレージレーサー」とある通り、華々しい戦績を挙げた選手ではない。であるが故に、ドーピングの告発を込めたこの本も、その発言も、「ぱっとしない選手がああいうことよく言うんですよね」式に片づけられそうになったらしい。ルールを破ることが成功するための唯一の道で、その中でルールを守ることを貫き通す勇気を、この本から学ぶことには意味がある。どんな世界でも、常にルールと倫理を厳しく守り通して競い合うとは限らない。むしろ逆で、ルールの抜け道を探し出すことが勝利に大きく貢献したりする。それでも、自分はそのようなことはしないというスタンスを貫く勇気と、そういうルールを補正し続けて行こうという持続力の大切さを知ることのできる良書。
新立麺館でデリシャスラーメン食べて、完全にオーバーカロリーです!
先週の土曜、まさかの宙転クラッシュをやらかし結構広範囲に打撲したので、今日は行けるところまでライド。あまり走ったことのなかった精華町・京田辺・宇治田原方面を、リハビリ的に走りました。
10月の絶好の天候で、今までの自転車生活の中でいちばんたくさん他のライダーを見たな~。皆さん気持ちよさそうでした。
行先は途中で適当に食べログ検索して見つけた新立麺館に。「デリシャスラーメン」という写真のラーメンを頼んだですが・・・これで「並」です。新地のラーメン屋いったら、肉、たぶんこれの1枚分の半分くらいしか入ってません。すっごいおいしかったです。満腹です。よく見たら食べログのサイドタイトルは「大食いさん、いらっしゃ~い」でした。
そのまま帰ってもよかったのですが、京都から生駒に帰るのはなんであれ結構登るので、大事を取って新田辺から輪行。この時期、軽く流すのはほんと気持ちよいです。
以下、恒例の箇条書き:
- 最近、とにかくgarminを切り忘れる!おかげで電車乗ってるときもログられるし、正確なデータが取れない。気を付けよう。
- アップは大事。それ以上に、出発時の精神状態は大事。
- インナーの調整すること。
- 明らかにスタミナが落ちているので、ローラー台でトレーニング要。
これぞ”維新”!
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プラハ冗談党レポート: 法の枠内における穏健なる進歩の党の政治的・社会的歴史 ヤロスラフ ハシェク Jaroslav Ha〓sek トランスビュー 2012-06-05by G-Tools |
第一次大戦前の1911年、ボヘミア王国プラハに、人気作家ヤロスラフ・ハシェクが新党を設立して選挙戦に挑んだ。その名も「法の枠内における穏健なる進歩の党」!
つまりは「冗談党」な訳だけど、実際に立候補して選挙戦を戦って、その活動っぷりの記録を一冊の本にしたのが本作。もうめちゃくちゃに面白いです。帝国という国家権力、その国家権力の維持の仕組と成り下がっている政党政治、それらを、外野ではなく実際に政党を作って立候補して選挙戦を戦って、スキャンダル告発やらなんやら、無茶苦茶にやりこめていく。でもその政党の政治活動と言ったら、プラハの居酒屋に集まって飲んだくれて、これまた滅茶苦茶な弁舌を捲し立てる、という具合。そのビールの金にも事欠くような集団が、体裁は整っているけれど、スタンスは冗談みたいな選挙戦を繰り広げるのです。
居酒屋でビール飲みに集まることが政治活動なのかどうなのか?知識としては持っている、ヨーロッパの「サロン文化」に似たようなことか、と合点してしまうこともできるし、そもそも冗談なんだから酒飲みながらやってんじゃないの、と言う気もする。でも、「広場のないところに政治はない」というように、政治って、政策とか投票とか、実行内容や仕組から考えがちだけど、原点は「人と人がどんな話をするか」というところだと思う、ので、この「口達者」な新党党員たちの八面六臂ぶりが眩しく見えます。
そう、帝国という危なっかしい体制だから、私服刑事とか密告者とか、現代の日本では考えられないような危険な相手が普通にいるというのに、彼らはその口八丁ぶりで、そんな「当局」側の攻撃さえ、逆に返り討ちにしてしまう。その鮮やかさにびっくりするとともに、そんな弁舌を持ちながら、まともに選挙をやる訳ではないところに、不思議よりは面白さを強烈に感じてしまう。
僕らはいつの間にか、「望みがあるなら、直線的に、直接的に、行動して結果を出さなければ、意味がない」と思い込まされていたと思う。確かに、成果の出ない行動は、やってるのかやってないのか分からないことには違いない。でも、何かを変えるために、しゃかりきになって青筋立てて「あいつが悪い」とやるのが果たして正解なんだろうか?そこまでやっても変わらないのだからよりもっと強力に、となってしまうのもわかるし、正面切ってやらずにコネとかなんとかで裏から手を回してネゴして、みたいな日本的なやり方がとんでもない数の弊害を招いてきた歴史も知っているから、どうしても、しゃかりきにならないと正々堂々としていないと思ってしまう。でも、第一次対戦前のボヘミア王国、今の僕らよりももっと閉塞していたに違いない政治状況で、こんな風に打って出たハシェクの行動を粒さに読むと、「維新」のなんたるか、その神髄を教えられた気になったのだ。
日に日に困難な政治状況になっていくような今こそ読むに相応しいと思います。
THE YELLOW MONKEYの11年8ヵ月ぶりのシングル「Romantist Taste 2012」のリリース日となった10月10日(水)。渋谷O-EASTにてリリースパーティが行なわれ、元メンバー2人がサプライズ登場し、多数の応募の中から選ばれた来場者700人と、ニコニコ動画での生中継を見ていた全国のファン4万人以上を熱狂させた。
こんなこと言うのも無粋なので言いたくないけど自分の立場をきちんと言っておくと、吉井のソロは『AT the WHITE ROOM』からちゃんと買って聞いているし、アルバムツアーも『AT the WHITE ROOM』だけ行けなかったけどそれ以降は毎回観にいっているし(だから、ソロになって初めてイエモンの曲をやったあの伝説の城ホール公演にももちろん立ち会っている)、『COMPLETE SICKS』も持っている。イエモンはメジャーデビューの『THE NIGHT SNAILS AND PLASTIC BOOGIE』からだし(ただ、イエモンを知ったのはpati-patiだったと思う…)、『GOOD ROCK!』や『bridge』に吉井のインタビューが載れば買って読んできたし、『失われた愛を求めて』ももちろん読んでいる。掛けたお金の多寡でファン熱の度合いははかれないと思うけど、長い間ずっと熱を持ってイエモン解散後も吉井を見続けてきたとは言っていいんじゃないかなと思います。
なので、吉井が有料のモバイル・オフィシャル・サイトを運営して、そのサイト限定のイベントをやり出した頃から、ちょっとなんかマズいかなあと変調を感じていました。誰もが知っての通り、吉井というのは(悪い意味じゃなく)非常に商売のうまい男なので、iモードでモバイル・オフィシャル・サイトをいち早く準備したときには「さすがだなあ」と思いました。課金があれほど容易なサイトの仕組みはなかなかないですしね。確実な定期収入の得れる仕組みをいち早く築いた訳です。そして、モバイル会員専用のイベント・コンテンツを準備して、会員になるインセンティブを準備していく。これはなんら間違ってないと思います。
ただ、去年、配信限定をやり始めた頃から、感じる変調がちょっと大きくなっていった。今後、音楽の在り方は配信に向かっていくのは間違いない。どんなノスタルジーがあったとしても、メディア(媒体)が変容していくのは避けられない。全部が置き換わるのではなく、主流が変わるのは避けられない。吉井はそういう変化を掴むのがうまいから、配信にしたほうが取りこぼしが少ないかどうかも、きちんと計算しているように思う。
ただ、6年ライブを観てきて、「やっぱりイエモン時代の曲のときが会場は一番ヒートアップしてるんじゃないか?」という、違和感と言うか不安感と言うか、そういう静まらない気持ちがずっと続いていて、『COMPLETE SICKS』は20周年記念の作品ということでよかったけれど、この先、また(解散したと言った)イエモンを引っ張り出すことがあるんじゃないかな、と危惧してました。
僕にとっては、今の吉井の状況で、イエモンを引っ張り出すと言うのは、過去の財産の有効活用に思えてしまう。吉井だけではなく、各メンバーにとってもそうかもしれない。
ファンとしては、吉井のライブで2,3曲イエモンの曲が聴けるというのは堪らないし(『ROCK STAR』とかめちゃめちゃ楽しかった)、全然悪いことではないと思う。吉井がアーティストとしてやっていくために、いろんな収入源があっていいと思う。今はただの転換期なのかも知れない。でも、吉井が商売のうまい男というのを認めているだけに、その器用さが吉井を埋没させてしまわないのかなと、心配してしまうのです。
吉井の熱情の何たるかに思いを馳せは決してしない人たちによって、「イエモン」と名のついた作品群が登場することによって、それらの作品が猛烈な勢いで消費され、消費されるだけで、燃やし尽くされた数か月後にはまた一段小さい存在感になってしまっているんじゃないかと。結局、彼らは「消費」しているだけなのだと。
なので、2012年にROMANTIC TASTEは要らないのです。
天満橋ART Lab OMMで開催中のLOSTAGE五味岳久個展『NAGISA』に行ってきました!
天満橋OMMビルB2FのART Lab OMMはこの夏?スタートだそうで凄く綺麗な場所でした。壁一面に五味画伯の直筆作品が張り巡らされていて、中央のテーブルには五味画伯の作品帖(Adam et Ropeとか書かれてた)が5,6冊置かれていたり、かなりの量を楽しめます。
グッズもいくつか置かれていて、アチコさんキーホルダーとかTシャツとかレコードとか販売してたのですが、せっかく来たからには鑑賞料代わりじゃないけれど何か買って帰ろうと思いつつ、あのTシャツだったらTAKAHISAGOMI.comで買った方が、ここで買うより、五味さんの取り分は大きくなるんだろうしなあとか、でもTAKAHISAGOMI.comは送料が一律で高めなので、ここで買うほうが安く帰るよなあとか、そんなことを悩みながら、結局、TAKAHISAGOMI.comでも買えるアチコさんキーホルダーを。
レジに持っていく直前に、壁に貼られた「ASK PRICE」の字が気になって、番の人に聞いてみたら、「売ってるんですよ~。¥3,000とか、値段はほんとにお客さんと決めてくださいって五味さんはゆってて、そういうゆる~い感じで」とおっしゃる。僕はこういうの買ったことないので相場とかわかんないけれど、LOSTAGEというバンドがバンド活動を続けていく上で、別の形での収入源があるというのはいいことだと思うし、五味さんはそのあたりのことで若干迷ってるようなこともブログで書いていたような気がするし、だから値段を明確にせずに販売しているような気もしたりして、相変わらずバカ正直というか不器用というか何というか、でもやっぱりとにかく応援したいので、直感で気になってた一枚を売って頂きました。
それがこちら:
サインも入ってるし、いかにも作品ぽい(笑)。
音楽を続けていくのに音楽だけで食べていかなければいけないというのは、実は思い込みなのかなっていうのを少し実感しました。売れるまではバイトと掛け持ち、とか言うけど、そして、仕事しててときどき何かやるのは趣味、みたいな通念だけど、意外とこれからはそうでもないのかな、ほんとに、そのプロの領域と趣味の領域のにじり寄りと交接、みたいな瞬間に立ち会ったようでした。
DJブース・・・コーナー?映えてました。
「五味さんって誰?」という向きには、この本が参考になるんじゃないかと。ツイッターで、見たことあるでしょ?そうじゃないけど(笑)
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五味アイコンブック #oshare in DICTIONARY (P-Vine Books) 五味岳久(LOSTAGE) ブルース・インターアクションズ 2011-09-23by G-Tools |