『PUBLIC 開かれたネットの価値を最大化せよ』/ジェフ・ジャービス

なんであの人、おおかた出来上がったイベントとか団体とかの尻馬に乗って我が物顔になって嬉しいんだろう?と不思議に思わされる人に、ときどき出くわす。そういう人はちょっと前だとたいてい、「シェア」とか「コミュニティ」とか「パブリック」とかを振りかざしてたような気がする。事ほど左様に、未だに舶来主義なのか。

多分2年くらい前だったと思うけど、今はもう辞めてしまったとあるネットコミュニティで、ひたすらコンテクストについて喚いてた時期があった。なんでコンテクストなのか?というと、自分の勤める会社で、日本語はハイ・コンテクストな文化だが、それはビジネスにとってはデメリットなので、簡潔な表現を心がけてほしい、という「お触れ」みたいなのが出て、それに猛烈に憤ったからだった。ハイ・コンテクストであることを否定する者はコンテキストに泣く。そうこうしてると大好きなLOSTAGEが『CONTEXT』という名のアルバムをリリースしたりしてびっくりしたんだけど、ともあれ僕はハイ・コンテクストであることの力を信じているタイプだ。そして、自分が働いているIT業界というのは、一面で、如何にオリジナルをサマリーするかに力を注いできた業界で、例えばデータウェアハウスというのはサマリーの最たるもの、ローデータをそのまま分析するには実用に耐えるだけの速度を出せないから、ローデータの特徴を失わない範囲とやり方でサマライズしてきた、コンプレスしてきた、それがITの歴史だけど、今、ビッグデータと言ってローデータをローデータのまま実用に耐え得る範囲で分析できる技術が登場し始めた。これはハイ・コンテクストをハイ・コンテクストのまま扱う第一歩と言うことだ。

本著でも、「パブリックとプライバシーの倫理」で、「コンテクストを考慮せよ」と述べられ、コンテクストの重要性について繰り返し語られる。けれど、これも本著で語られるように、コンテクストは難しい。そもそも、コンテクストは長いのだ。時間がかかるのだ。人々はこの10数年、如何に簡単に結論を手に入れるかに心血を注いできたといって差し支えないと思う。それは今も昔も変わらない、とも言えるが、コンテクストをすっ飛ばして結論を手に入れるということが「倫理的にも」許容されるかのように振る舞われたのはこの10数年くらいからではないかと思う。それはもちろん、テクノロジーの伸長にリンクしている。そして今や、ビッグデータはコンテクストをサマリすらしない。時間のかかるハイ・コンテクストを、ハイ・コンテクストのまま読み取って、ダウ・ジョーンズ工業平均株価の動きを87.6パーセントの確率で読み取るのだ。

それでも、本著がコンテクストの重要性を述べていることは非常に貴重で大切なことだと思う。それがどんなに時間のかかることでも、コンテクストを無視するところにプライバシーもパブリックも存在しないからだ。仮に何らかの事情で答えを早く欲しいとしても、そこにコンテクストがあることを忘れてはいけない。

だからこそ、これだけの厚みのある、これだけの「ハイ・コンテクスト」な一冊を読み通す意味がある。この本を読まずして、パブリックだのシェアだのコミュニティだの言っている人よりも、僕はより深くパブリックとシェアとコミュニティについて考えることができるだろう。あまり関係のないコンテクストからパブリックとシェアとコミュニティに掠るような話をひっぱり出してきて語るようなマネをしなくとも、パブリックとシェアとコミュニティのコンテクストで僕はパブリックとシェアとコミュニティについて会話することが出来る。

コンテクストをすっ飛ばして結論を得るというのは、つまり、自分がいつどうやって死ぬのか分かっている人生を選びたい、というようなものだ。間違うことのない、結論の判っている「成功」の道を進みたいということだ。僕にはそれがあんまりにも詰まらなく見えるので、コンテクストを大事にする。だから、冒頭に述べたような、結論の判っている「成功」に群がる人たちが、つまらなく見えるのだ。

4140815132 パブリック―開かれたネットの価値を最大化せよ
ジェフ・ジャービス 小林 弘人
NHK出版 2011-11-23

by G-Tools

余計な気配り

 ずいぶん昔から気に入ってシャツを買っているお店から、オンラインショップがオープンしました、というダイレクトメールが届いて、ダイレクトメールと言っても本当の郵便で、最近シャツを新調してないし、オープンセールで送料無料で返品自由というので、さっそく買ってみた、二着。ひとつはホワイトだけど織の違う生地を交互に入れることでストライプのように見えるシャツ、もうひとつは極細のブルーストライプ。基本地味好き。

 僕は結構腕が長いので、シャツのサイズは慎重になる。袖が足りないのはスーツを着るとどうしても変、かと言って袖で揃えるとやけに首回りがスカスカになったり。そこへ来てこのお店のシャツは、首回りで揃えてもそれほど袖に違和感がないのと、袖丈長めという選択肢があるのもいいなと思いオンラインショップの品揃えを眺め、手持ちのこのお店のシャツを改めて来てみてサイズ感を確認し(同じ店のものと言ってもデザインによってやはり多少の違いはある)、結局、袖丈長めではない普通モノでいける、と普通モノでオーダー。

 ところが、実際手元に届いて着てみると、心なしかやっぱり袖丈が短い…。これは交換するか、と思い、交換の問い合わせメールを打ちながら、到着したシャツを箱から出して開封したときのことをちょっと思い起こす。「もしかしたら、サイズ合わないから返品するかも」と思い、できるだけ丁寧に開封。シャツの襟のところに嵌っているプラスチックとか、たたみが崩れないように入れられてる厚紙とか、留めているプラスチックのクリップとかを外しながら、無料で返品を受け付けるのは大変なことだよなあ、絶対気に入らなくて返品する人も何%かいるだろうし、でもその何%を見込んだ上で無料返品受け付けにしたほうが売上増につながるとシミュレーションしているということだよな、その手法でショップチャンネルとかは大きくやれてるんだよな、とは言うもののこのお店がどのくらいの規模かわからないし、例えばこのシャツを留めているクリップの1つ取っても、無料で交換を受け付けたら同じ売上でそこの部分のコストは2倍掛かってしまう訳で利益圧迫要因になるし、と言ってそんなもの回収して再利用するほうが、ちゃんと使えるものかどうかチェックしたりしてると余計なコストが掛かって余計利益圧迫か、だけどやっぱり少しでもパーツは無駄にしないほうがいいとオレは思う、と思って丁寧に包装を解いて、ひとつ残らず取っておいた。それがこの写真。

一着目試着して交換を決めたので二着目は未開封だったんだけど、問い合わせたら袖丈眺めがあるのは片方だけだったので、微妙な長さだしもう一方はこの長さで着ようと決めて一方だけ交換にしたら、未開封のほうが交換可能だったので、丁寧に包装を解いたほうはそのまま手元に残りました、というオチつき。

街の本屋で本を買う - 2012/06/12 三省堂東京駅一番街店

 東京は既に17:00過ぎ、ワールドカップアジア予選オーストラリア戦見れない確定の新幹線、車内を過ごすための一冊を探しに。

 朝から鼻がむずむず、朝起きたら部屋がひんやりしてたのでもしやエアコンつけはなしたか?と思ったものの体調はおかしくなかったので安心してたらデニーズで昼飯食べてる間にくしゃみとまらなく。そんな体調なので、新幹線でムリにPC広げると酔ってしんどくなるので、最低限のことを乗車前に済ませて車中は読み物を、という算段で。

 三省堂東京駅は、さすが新幹線のターミナル、ヒジネス街の玄関とあって、週刊ダイヤモンドや東洋経済、日経ビジネスのバックナンバーがレジ前の最も目立つ広いスペースにずらり。昼間はいったローソンでチラ見した日経ビジネスの「イオン対セブン」にしようか、せっかく東京なのでスカイツリー特集から選ぼうか、など思いついたなか、やはりヒジネスマンonビジネス街ということで東洋経済の『数字脳を鍛える』。いつのバックナンバーと思ったら6/9だった。タイムリー!なのもビジネスマンに大事な資質。今日の訪問先でも「鼻が効くね」と褒められたし。6/9号で¥690。ロック連発。¥690。

B0085MLYLE 週刊 東洋経済 2012年 6/9号 [雑誌]
東洋経済新報社 2012-06-04

by G-Tools

 


大きな地図で見る

the pillows "TRIAL TOUR" 2012/06/08 Zepp Namba

No Surrender, Busters!! It was the enjoynableness last friday night!!

It was my first and last TRIAL TOUR show. I couldn't schedule only this show because I already had some schedules on the other dates. And the night was my first Zepp Namba. Zepp Osaka is familiar to us busters, but it closed in April and a new Zepp called Zepp Namba opened. The night was also the first time for the pillows.

I was deeply impressed with 持ち主のないギター. Sawao's shout of the latter half was strongly touching. I clearly remember his reverbed shout. I want to listen this tune again someday.

Almost all audiences didn't raise thier hand during エネルギヤ. I didn't know why. エネルギヤ is the very dancable tune. Of cource I raised my hand forcefully during それは僕を動かすエネルギー … .

Sawao said "This is our new theme song", it's トライアル. I can't help taking the lyric of TRIAL so seriously because I'm forties this year as sawao is forties. The lyric is very realistic but full of hope. "絶望感の暗闇を 何度も抜け出したはずだ"

They played ICE PICK and TRIP DANCER. The tunes is bery popular with busters and very great, but I was very pleased that they played サードアイ. サードアイ is the one of the most favorite tunes.

The double encore was NO SURRENDER. We Japanese busters always remind 3/11 listening this tune. I want them to play this tune until we Japanese really unite and rebuild after 3/11.

Sawao said "It's our first sliver tapes." and I successfully caught that. This picture is that. That is printed below: "THANK YOU VERY MUCH, I LIKE YOU BUSTERS!!"

『100の思考実験』/ジュリアン・バジーニ

クラスになんか微妙に話が通じるような通じないような女の子、いわゆる天然、もうちょっと新しい目の言葉で言うと不思議ちゃん-その当時そんな言葉はまだなかったような気がするが-がいて、その「微妙に通じない具合」から、「もしかして、オレが使ってる言葉とオマエの使ってる言葉はすっごいよう似てるけど全然違う言葉で、オレが「おはよう」と言ったその言葉は、オマエの言葉ではたまたま「昨日何食べた?」という意味の言葉で、それに対してオマエが返す「すき焼き」というのが、オレの世界の言葉では「よう!」って言葉なんかも知れんなって思うわ」とか言ってたのは確か高校生の頃だったと思う。

このネタは今でもときどき言うことがあるんだけど、今これを思い出したのは、本著のNo.23「箱の中のカブトムシ」という、ウィトゲンシュタインの言語使用に関する考察を取り上げてる章を呼んでいるときだ。少年二人がそれぞれ箱を持っている。中に何が入っているのかは明かさないが、二人ともその箱の中に入っているのはカブトムシだという。大人はその箱の中身は同じようには思えないのに二人ともカブトムシと言って聞かない。

ウィトゲンシュタインの著書から引用されたこの思考実験は、言葉に意味があるのか?という疑問を掘り起こさせる。例えば二人の人が「痛い」という言葉を発したとしても、その二人に起きていることが全く同じであることはない。ということは、自分の内側で起きているその事象と、「痛い」という言葉には何の関係もない。どういう状況で「痛い」という音の言葉を使うのか、という共通ルールがあるだけだ。それが「痛い」という言葉ではなくて「いかがわしい」という音だった可能性だってあるのだ。内面で起きていることがらが違っても、使うべきシチュエーションの類似性から、二人の大人は同じ「痛い」と言う言葉を使う。

こんな風に哲学というのは「当たり前」と思っていることを徹底的に言葉で言い表し説明し切ろうとする。本著はこういういろんな事例が100も並んでいて、考えを詰めていくためのよいトレーニングになります。

4314010916 100の思考実験: あなたはどこまで考えられるか
ジュリアン バジーニ 河井美咲
紀伊國屋書店 2012-03-01

by G-Tools

『青春の終焉』/三浦雅士

この、圧倒的に打ちのめされる感じが、評論の醍醐味。

「青春の終焉」というタイトルだけで、もうビッと来た。何が書いてあるかはすぐわかったし、読んでみたいと思った。この本を書店で見つける数日前に、別の書店で買った『反哲学入門』の帯で見た名前が著者だというのも、この本は読まなければいけないというサインだと思った。そして、期待通りの面白さだった。最初の1ページから最後の1ページまで、ずっとおもしろいおもしろいと思いながら読み続けられた評論は久し振り。原本は2001年刊行、なんで見つけられなかったんだろうと思うくらい。「青春の終焉」というテーマについて、「そもそも青春とはあったのか?あったとすれば、それはいつからあったのか?」という問いの設定からおもしろくて、1972年生まれの僕にとって物心ついた頃からずっと胡散臭かった「青春」について、余すところなく徹底的に解剖してくれる。

僕にとって「青春の終焉」以上に大きなインパクトだったのは、「連歌」の話。連歌は15世紀に宗祇が完成させた知的遊戯だが、僕は連歌のことを単なる「知的遊戯」だと思っていた。その当時の知的階級=特権階級が、どれだけの知識量を持っているかを背景に戦う知的遊戯。事細かに規則が決められ、その規則を知らないことが野暮扱いされ、元は「おもしろさ」を保つためだった規則に雁字搦めになって芸術性を保てなくなる詩歌の類同様に下火になったというような理解をしていた。

しかし、連歌を考えるときに大切なのは、「座」だった。連歌というのは複数でその場に集って句を読み合うので、必然的に「その場所に集まれる」人達とのつながりが大切になる。というか、その地理的なつながりがないとできない遊びだ。そうして、連歌は前の人の句を受けて読む訳だから、どうしても何か共通の「おもしろい」と思える感覚が必要になる。それは土地に根付いたものなのかどうなのか、かくしてその「おもしろさ」のための規則が生まれたりしたようだけど、僕にとっては、この、「座」という場所は、当たり前のように「共通の言語」を持たなければならないという事実に、改めてインパクトを受けたのだった。

僕はコミュニティが特権意識を持つことがとても嫌いで、コミュニティが特権意識を持つために「共通言語」が必ず生まれると思っていた。言語だけではなくて知識もそうだけど、先にコミュニティに入っている人は後から入る人よりも当然たくさんのコミュニティ内で必要な言葉や知識を持っていて、それをオープンにするかクローズにするか、というようなところで嫌悪感をよく抱いていた。しかし「座」にとってはそれは当たり前のことで、さらに重要だったのは、それを「座」だけのものにしておこう、という姿勢もあった、ということだ。それを「座」だけのものにしておくことで、徒に句としての高尚さを競ったり、難渋な解釈を覚えたりすることを避けることが出来、「座」の一同は、いつも楽しくおもしろく連歌を愉しむことができる。それを担保しているのは、共通言語であり共通知識なのだ、と。

その分岐点となるのが、口語か文語か。「座」というその場限りの口語で留めておくのか、後に残すために「文語」を選ぶのか。「文語」を選んだ途端、「おもしろさ」を犠牲にせざるを得ない。なぜなら、「文語」は「座」の存在する土地を離れてしまうから。何が「共通」するかわからない地点に飛んで行ってしまうから。「文語」を選んだ途端に、「笑い」を失っていく文学。

何かが一斉に流行することは昔からあったけど、これだけ「個性」「個性」と言われるなかで、あれは「森ガール」が端緒だったのか「沼ガール」が端緒だったのか、「ある程度」の固まりが出来るような流行がときどき発生し続けているのは、個人社会になって細分化された社会のなかで、やっぱり「座」が欲しいと叫んでいる証左なのかも知れないと思った。流行歌のない時代は寂しい、というようなことを登場人物が言ったのは重松清作品だったと思うけど、やっぱり人は「座」が欲しいのだ。

4062921049 青春の終焉 (講談社学術文庫)
三浦 雅士
講談社 2012-04-11

by G-Tools

時折街で耳にとまる そう流行歌さえ
愛の詩と気づかすような
熱い熱い想い胸をこがす様な日々が
消えちまっちゃ終わりネ  

街の本屋で本を買う - 2012/05/30 ブックファースト淀屋橋店


大きな地図で見る

 この2ヵ月、社内にも例のなかった不具合でご迷惑をお掛けしているお客様先を出発する際、次に向かう淀屋橋の御客様に「30分後くらいに」と電話し、淀屋橋についたら15分くらいしか経ってなかったので、時間潰しにブックファースト。そんなに見て回る時間もないので、平置き新刊をざっと見ていたら目についたのがこれ。

 この手の本のネタはたいてい読んだことあるものの、英語原著なので躊躇せず購入。淀屋橋駅という場所柄と駅併設のそれほど広くない敷地への陳列で、どういったタイプの人間がどのくらい時間をかけて店内を見て回るか、やはりよく研究されているなと感じました。ここ、店内ぐるぐる回って長いするとなんだか居心地悪くなってくるし。

4314010916 100の思考実験: あなたはどこまで考えられるか
ジュリアン バジーニ 河井美咲
紀伊國屋書店 2012-03-01

by G-Tools

省略の究極

信用というのは、省略の別名だ。何故、信用経済が重要かと言えば、詳細な信憑性の確認作業を省略することでスピードを得ることが出来、本質的に「早い者勝ち」の市場経済において、競争相手に先んじることができるからだ。その「信用」できる相手が多ければ多いほど、もう少しニュアンスを含めて言うと知っていれば知っているほど、そうしてその関係図が多対多になり大きなコミュニティを作れれば作れるほど、他者に対して優位に立てる。

もう10年近く前のことか、某地方都市の某公共事業会社に、営業支援で同行したときのことをふと思い出した。私の業務は業界では「プリセールス」と言われる、一般的な企業では「技術営業」と言われる類のもので、要は自社製品を採用して頂くためのテクニカルな説明と提案を行うのだが、その日、説明した相手が情報システム部の部長クラスの方、および部員数名という構成だった。そして、私の「テクニカルな説明」は、部長には通じなかった。ひとつは私の経験不足で、部長に通じる説明というのがどういうものか会得できていなかった、ひとつはそうと自覚していつつも変に概念的にまとめたわかりやすい説明をするのが、当時のIT業界の「キャッチーだけで売れる」という軽薄さに近くてやる気になれなかったこと、もうひとつはどうしても「部員数名」を納得させなければエンジニアの名折れだ、という意識があったからである。

果たして部長と私の会話は行き詰まり、見かねた当地の当お客様担当営業が、私の代わりにホワイトボードを使って何かを説明し始めた。それは単純なITレイヤー-ネットワークがあり、ハードウェアがあり、OSがあり、ソフトウェアがあり、といったレイヤー-を描き、どうのこうのと説明して、今回はこの層を中心としながら包括的に考える必要があると我々は考えております、的な説明をして部長の歓心を買った。

はっきり言って私は鼻白んだが、その時の興ざめ具合とそれを思い出している今の興ざめ具合は微妙に違う。あの部長は、あのお客様担当営業を信用している。であるが故に、担当営業の話を部長はすんなり得心する。それは負け惜しみではなく、よく知っている間柄だからだろうという安直な批難でもない。いったい、誰が、何を、どの程度の深さまで知っているべきなのか。今、ITの世界で再び起きている「省略」の席巻は、このことを改めて考えずにはおれない。クラウドとは、信用の権化であり、省略の究極である。クラウドは法人と個人のいずれをも巻き込んで突き進まざるを得ない。そして、コンスーマーで起きていることと、企業で起きていることは関連しないと暢気なことを言う人が、非IT業界の人でもほとんどいるはずがないと思えるほど、最新テクノロジーの発生の現場は混濁してきている。ということは、不用意に最新ITに加担したコンスーマー=一般個人である我々の振る舞いが、企業というより大規模な経済活動に影響を波及させることになる。

何が信用できて何が信用できないかは、そんなに簡単にわかるものではない。そこにかける時間を惜しむことが風潮を超えて常識のように言われ出したとき、必ず何かが軋みだしてきたのだ、歴史において。

奈良-敦賀130km

遂に、念願の日本海到達を果たしました!!

奈良から敦賀港まで、約130km。経験としては、しまなみアイランドライドのほうが長い距離なんですが、「日本海まで走った」という自分内インパクトは相当デカく、どうしても達成したかったのでした。過去に失敗した際は寒さがいちばんのネックだったと思い、季節がよくなった今、再挑戦して無事敦賀港まで走り切りました。

あまりトレーニングもできていないホビーライダーなので、20km/h平均で走れたとして6.5時間、朝6:30に出発したので13時着くらいが計算上なのですが、敦賀港に着いたのは15時でした。実に8.5時間。我ながら情けない、ですが、今回は走り切ったことでよしとしてます。僕は行き着くところまで行って帰りは輪行、という片道切符タイプなので。

長い距離を走りたい一方、その間に写真を撮れるほど、後半に体力が残せなくて、撮影する写真がどんどん減っていくのを何とかしたいです(笑)。

以下、反省点だらけだった敦賀行を箇条書きで振り返り:

1)奈良~大津(約40km、6:30~10:00)

  •  序盤は全く余力あり。途中、写真を撮ったりしたのと、garminにアップロードしておいたルートが名神をクロスするようになっていてその道がなくかなりウロウロして30分くらいロスってるので、それもあって全然疲れなかった。
  • コースはいい加減に作成してアップロードしておいてはダメ。宇治橋でも、garminのナビと、道路標識とが違っていて一瞬躊躇した。自分のアップロードした地図を完全に信用できるくらい、アップロードする前に、細部をPC上で確認してから入れる。今回はこの名神横断だけでなくて、この手抜きのせいで後半泣きを見ることになる。

2)大津~高島(約50km、10:00~12:00)

  • 道がほぼ平坦なこともあって、ここも余力あり。一度はさんだ休憩を長めに取ったので平均速度は悪いけれど、走行中はほぼ30km/hで走れた。
  • 追い風だったのも幸い。

3)高島~マキノ(約20km、12:30~13:30)

  • 高島のマックで昼食。自分の限界に挑戦するようなライドのときに、後半戦でマックは今度からは止める。特にポテト。
  • ずっと161号を走ってきて、途中、近江今津駅に向かう分岐があったのだけど、どう考えても161号を直進のほうが近道だろうし、下道よりもバイパスを走るほうが走りやすかったのでバイパスを選択したのだけど、これが完全に裏目に。バイパスは車が走ることを考えてるので、側道は広くていいんだけど、小さいけれども長いアップダウンが細かくあるし、何より景色がほとんど変わらないので、走っていて飽きるし不安になる。後半、ばてているときに、延々変わらない山の風景を見て走るのはきつい。

4)マキノ~敦賀港(約20km、13:30~15:00)

  • 最後に平均斜度4%くらいの坂が8km続くポイントがあって、ここが辛いだろうと予想はしていたものの、追い打ちをかけたのが片側一車線工事。自分の休みたくないポイントで停車になるし、車が全部通った後最後に自分が通ることになるので、自分が工事区間を抜けないと対抗が待たされている訳なので急がざるを得ず、ここで足を使い切ってしまってダウン。多分、あと500m程だったと思う。路上に座り込んだんだけど、「座ってるよりは少しでも登ったほうがいい」と、とうとうバイクを押して登る。
  • ルートを途中で変えたので、garminがしょっちゅうルートの再計算をしてバッテリを消耗し、マキノあたりでLOW BATTERYの表示。国境スキー場が頂点だったんだけど、ロードを押して登り付いたとき、役目は終わったというようにgarminは息絶えました。
  • 登ってからの下りで体力は回復したけれど、「あと6km」と判ってからの平地でさえ、ほんとうにつけるのかと疑心暗鬼になるくらい、体力を使い切ってた。

全体を通して:

  • 補給食を使うタイミング。疲れ切ってから食べても遅いけど、あまり早くに使ってもダメだと思った。たくさん持っていったので、何キロ毎に、と決めてもいいのかも知れないけど、今回、大津時点で1つ食べ、高島での昼食でもう1つ食べたけど、高島以降は転がり落ちるように体力が落ちた。
  • 糖分の補給を意識する。
  • どんなに面倒でも、お昼をどこで食べるかはよく考えていくべき。マックのような油の多いものを、100km走って疲れ切って食べると、吸収しないし胃腸が苦しいしで余計に体力が削れる。
  • 100kmと130kmは大違いだということを再認識。1kmと31kmは大違いだと思うのに、100km超えると100kmと130kmって大差ないように思う。でも100kmと130kmのほうが、違いは大きい。
  • バイパスはよく調べて使う。信号がないし走りやすいけど、景色が単調で気がめいるのと、高速で走る車に抜かれながら走るのは、おもっているより神経を使ってて体力を消耗している。
  • 長袖のウェアを着用すべきかも知れない。暑く感じてても、実際には風圧で体が冷えて、それで体力を消耗している気がする。
  • 事前のルート作成は絶対に手を抜かない。コースを迷うことが最も時間と体力を失う。
  • 限界に挑戦するようなライドのときにこそ、ビンディングが要るかも知れない。
  • そして限界に挑戦するようなライドをする上では、やはり28Tを準備しておくべきかもと思った。

出発時のJR奈良駅(6:30)と、到着時のJR奈良駅(19:00)。帰りはサンダーバードで京都、乗り換えてJR奈良線でした。

街の本屋で本を買う - 2012/05/17 ブックファースト梅田店

4766123662 シクロツーリストVol.6 旅と自転車
グラフィック社編集部
グラフィック社 2012-05-07

by G-Tools

 「街の本屋で」と言いながら、ほとんどチェーン店しか行ってないのがよくわかるなあ。最初に思いついたときは、大阪市内の筋を一本入ったところとかに不意に現れるような本屋に入って、みたいなのを想像してたんだけど、日中はサラリーマンとして外勤し、休日は好んで出かけるのは奈良公園界隈となると、足を運ぶ本屋もおのずと限られるというか、いろんな種類の本を網羅的に見てみたいので、同じ時間があるなら、ある一定規模の本屋に入る傾向があります。

 最近、あまり小説を読んでないような気がしたので、ブックファースト梅田店で物色。ブックファースト梅田店は、梅田にある大型書店の中では興味を引く文芸書に巡り合いやすいレイアウトになってる印象です。新刊を平積みにしてポップで紹介してくれてる書店はたくさんあるんだけど、ブックファースト梅田店はあの独特の背の高い白い本棚の配置の見通しの”悪さ”が、目に飛び込んでくる本だけに注意を払わせてくれるようで、結構好んで見て回ります。

 が、今回もやっぱり自転車本。週末にロングライドを控えてるので、気分を盛り上げるためと、実用的に知ってたら有益な情報がないかということで、『シクロツーリスト vol.6 旅と自転車』。しかしこの本で初めて『ブルベ』という”競技”をまともに知ることになり、挑戦心が爆発。¥1,575。


大きな地図で見る