『ヤバい日本経済』/山口正洋・山崎元・吉崎達彦

およそ経済人というのはこういうスタンスなんだよなあ、というのがよく分かる一冊でした。

経済人というのは、「目の前に起きている出来事をきちんと受け入れる」人たちだと思います。とともに、起きる出来事や予想される環境の変化に無批判な人たちでもあると思います。例えば本著の中で、

日本の国債を5億円分買った外国人には日本の国籍をあげる、といったら世界中から金持ちが集まってきますよ

という記述があります。これは、「日本全体が景気回復を実感するためには、都心だけでなく近郊の地価も回復し、住宅資産の資産価値が回復する必要がある」という主張の流れで、土地購入の需要を増やすためには外国人の土地取得規制を緩和が有効という話になり、その延長線上で登場するのですが、外国からおカネを呼び込まなければ日本の経済が好転しないというのは事実だと思うし、そのために日本国籍をエサに使うというのも日本国籍は訴求力があるので事実だと思うんですが、一般庶民の感覚で言って、いくら5億円払える人に変な人はいないと言っても、カネで国籍を売るのは国家としてどうなんだろう?と単純に疑問に思う訳です。そうやって世界の金持ちばっかり集めて維持されていく国を、果たして我々は求めるんだろうか?というと、「じゃあ座して死を待つのか?」と切り返される予想がすぐに立ち、この辺が「2030年、老人も自治体も”尊厳死”しかない」とか、「日本経済"撤退戦"論」とかに繋がるのだと思います。最近、私がよく目にするのはこの「だってカネいるでしょ、カネ?」という経済人のスタンスと、「如何に滅亡に向かってソフトランディングすべきか」という、二極のオピニオンです。

本著の他の例を挙げると、「日本のギャンブル市場は世界有数」とあって、パチンコで既に20兆円規模の市場なのだから、年間売上1兆円強を見込めるカジノを解禁して外国人富裕層を呼び込むべき、というのもあって、確かにカジノは有力な産業に違いないけれど、それが「日本」という国のアイデンティティにフィットするのか、という感覚はない訳です。大阪の夢島にカジノを作れば、周辺には奈良や京都という世界遺産もあり、富裕層向けに格好だというのですが、少なくとも奈良県人としては、奈良の文化をカジノのついでにされたくはないし、一時はそれで潤うかもしれませんが、1,300年保たれてきたイメージー本著の論に沿って言い換えるなら観光資源ーの消耗スピードを上げ、その結果あっという間に消費されつくすような真似はしたくない訳です。

そういう、倫理観とか「価値観」とか、そんなものに拘泥しているからお前らいつまで経っても貧乏人なんだよ、と言われるのが本著ということになりそうですが、二極化の観点でもう少し考えると、多くのカネを稼ごうとするスタンスが、いったい「何のためにその多くのカネがいるのか?」という、どういう目的意識と結びついているのかで、変わってくるんじゃないかと思います。自分個人の資産を守り、裕福に暮らしたいというレベルであれば、やっぱり「だってカネいるでしょ、カネ?」というスタンスで終わってしまい、単に今日本や世界で起きている事象を単なる「現実」とだけで受け止め、環境変化を単なる「環境変化」とだけで受け止め、カネを稼げることにだけその認識を有効活用することになるんだと思います。

4492396047 ヤバい日本経済
山口 正洋 山崎 元 吉崎 達彦
東洋経済新報社 2014-08-01

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『悟浄出立』/万城目学

「俺はもう、誰かの脇役ではないのだ」!!

運命の出会いを果たした『悟浄出立』ですが、それはそれはもう面白かったです。『文芸ブルータス』で読んで感動した表題作『悟浄出立』をはじめとする短編5編が収められています。帯に「古典への愛とリスペクトが爆発」とある通り、中国古典をベースにした芥川ばりの換骨奪胎で、漢字四文字で収められたそれぞれの作品のタイトルには「俺がこの作品で新しい四字熟語を産んでやる」と言わんばかりの気概を感じます。

『悟浄出立』を読んだ時にも思ったのですが、小説というのは、ほんとは誰もがそうなんだよ、と頷きたいテーマを、ありえないような虚構の世界とそれを描き出す言葉の力を持って、頷きたいテーマに真摯に頷かせるのが真髄だと思っていて、この『悟浄出立』に収められている5編は、「誰もが頷きたいと思っているテーマ」と、それを直截に見せるのではなくするための世界の描き方、もっと言うと難しい漢語を駆使した中国古典の世界観の配合の割合が絶妙で、どんな人でも読めば作品が取り上げようとしているテーマを掴み損ねることはないと思われるにも関わらず、それを正面から受け止めるのにこっ恥ずかしさがありません。

取り上げているテーマはどれも現代的で重々しいのですが、例えば『法家狐憤』:

「陛下に危険が迫ったときは、臣の判断で衛兵を招くことができるようにな。どうだ、滑稽な話と思うか?陛下の命が失われたら、我々の国はおしまいだ。我々が作り上げた法は、あっという間にただの竹屑になる。それなのに、我々は法に従って、誰も衛兵を呼びに行かなかった。あるじが命を落とす瀬戸際にもかかわらず。おぬしはどう思う?我々は馬鹿の集まりか?」
(中略)
「確かに、滑稽だ。だが、それが法治というものなのだ」

初出が2014年2月なので、これが集団的自衛権を念頭に置いていないと考えるのは妥当ではないと思います。「臣の判断で」というあたりが、曲げて捉えて「解釈改憲の是認」という向きもありそうですが、ここはやはり「それが法治というものなのだ」、つまり「どんなにそうすることが当然というような場面であっても、それが法に定められたやり方でなければ為してはならず、それを為すためには法を改めるのが手順。法が国や人民に優先する」という、誰もが「そうなんだよ」と頷きたいテーマを訴えていると読むのが妥当だと思います。その「法を守る覚悟」を、二人の「ケイカ」ー京科と荊軻の命運のコントラストで読み手に強く印象づけます。

「なぜか「主役」になれない人へ」とも帯にあるのですが、本作を読むと、自分が主役か脇役かということよりも、人生で出会うひとりひとりの人々をみな「主役」として受け止めることが大事なんだと気付かされる一冊です。今現在、今年のイチオシです。

4103360119 悟浄出立
万城目 学
新潮社 2014-07-22

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街の本屋で本を買う - 2014/07/02 ジュンク堂書店 近鉄あべのハルカス店 『Sunny 第1集~第4集』

これは手元に置いておきたい作品。よくよく考えて。

『Sunny』は松本大洋の半自伝的作品。「星の子学園」という「施設」を舞台にした物語。松本大洋の作品ってどれもなんというかステレオタイプというか、私のような昭和を経験してる団塊ジュニア世代にとっては「クサい」王道ストーリーをド正面からテレさせず読ませて感動させられるのですがこの『Sunny』は極めつけ。毒づいてるようで愛情のあるコテコテの大阪弁(がなぜ四日市で話されているのかという疑問もちょっとあるけれど)のセリフ回しに何度も泣かされそうになります。

星の子学園の園長先生も保護者代わりの立場の先生足立さんも、星の子に凄く親身に接している。星の子は自分たちで星の子学園の子ではない、一般家庭の子のことを「ウチの子」と言って区別している。そんな星の子が界隈で万引きやらの悪さをしても、足立さんは必死になってお店に詫びる。そこでお店のほうも「この子らもいろいろ事情があるってウチらもわかってるから、これでも大目に見てるんですからな…」というようなやりとりがある。私は、「事情があること」を、星の子本人たちも、星の子学園の人たちも、さらに近所の人たちも、皆が普通に認めて生きているこの『Sunny』の世界が素晴らしいと思う。そして、確かに自分たちが子供の頃は、こういう世界が成り立っていたような気がして、園長先生や足立さんは、もはやボランティアかというくらいの生活ではないかと見えるのに、確かに昔はこれが成り立っていたと思うし、現代では成り立たないから見かけなくなったのだと考えると、つまり園長先生や足立さんのような「役割」で生きていくには現代社会は生活コストが掛かり過ぎる社会なのだと思った。昔は、こういった「善意」(というと園長先生にも足立さんにも起こられそうだけど敢えて)の役割を果たしてくれている人が社会にいれるだけの低コストな社会だったのだ。

今は何でも金、コスト。星の子学園のような施設を行政で準備するとしたら、それにいったいどれだけの税金がかかるのかとか人件費がとか、そもそも親の責任だろうとかそんな話ばかりになる。なんとなれば刑務所ですら人権とコストで大変なことになっている。でもほんとうにその角度で考えることが、すみよいコストの社会になるのか?そんなことまで、『Sunny』は考えさせてくれる。

だからこの『Sunny』だけはどうしてもamazonではなくて実店舗で買いたくて、どこがいいだろう?と考えて、雰囲気と機会で決めようと考えたら、行ったことのなかったハルカスを思いついて。『Sunny』の舞台は四日市だけど、天王寺って凄く雰囲気だし。ということでハルカスのジュンクに行ったら、最新刊だけ在庫なかった。これはまた来いってことかな。

4091885578 Sunny 第1集 (IKKI COMIX)
松本 大洋
小学館 2011-08-30

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街の本屋で本を買う - 2014/06/24 本の森セルバさんすて店 『Number World Cup Brazil 2014 Special Issue 2』

これを読むのはもう今日しかないでしょう!

岡山出張の帰り、出張先で本を買うのも久し振りですがタイミング的に今日読む本と言えばこれしかありません。迷わず購入。帰りの新幹線1時間の間、じっくり読みました。ギリシャ戦について語っている記事は日本戦の記事全体の半分以下でしたけど、コートジボワール戦・ギリシャ戦通じて素人ながらに疑問に思っていたところについて回答が得られて納得。あと5時間後にはいよいよコロンビア戦、本当に思い切って挑んでほしい!

B00KTJFWO6 Number (ナンバー) ギリシャ戦速報 2014年 6/30号 [雑誌]
文藝春秋 2014-06-23

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『マッキンゼー 世界の経済・政治・軍事を動かす巨大コンサルティング・ファームの秘密』/ダフ・マクドナルド

この種の本を読むといつも思わされるのは、「アメリカは昔からカネ最優先の国だった訳ではない」ということ。

マッキンゼーというコンサルティング・ファームがどのようにしてその品質を維持し続けているのか、という漠然とした誰でも持っている疑問に迫れる内容と知って手にとってみましたが、マッキンゼーに関する著述そのものももちろん非常に興味深いのですが、アメリカ社会の変遷に関する記述がまた非常に面白いです。1970年前後生まれの世代は大抵、アメリカというと本質的に成果主義でカネが重要視される社会だと思い込んでいる節がありますが、高度成長期を経た日本と同様に、アメリカにも「会社人間」時代があって、その反動で「株主資本主義社会」に進んでいったことが本著を読むとわかります。

1970年代は単なるアメリカ経済の転換点でなく、アメリカの自己イメージの転換点でもあった。会社人間はようやく鏡をのぞき込み、他人がずっと見ていた顔を見た。画一的で何かが犠牲になり、戦後の繁栄が残したのは脂肪と怠惰だった。管理主義の時代は終わりつつあり、より攻撃的でもっと下品な、いわゆる株主資本主義の時代が取って代わろうとしていた(p122)

「若い専門職業人に大金が本当に必要なのか?もし社員の意欲の源が金になってしまうのを許したら、拝金主義が私たちの価値観を踏みつぶしてしまう。専門的サービスを提供する偉大な事務所は、拝金主義が根をおろすのを許してはいけない」(p244)


目に見えるモノを作ってカネを得ていた時代から、カネからカネを生もうとする時代に進展していった本質的な理由は「強欲」にあるといって差し支えないと思う。その点で、資本主義というのはそこそこで止めておくということを許さないシステムだということができると思う。その進展を滞りなく進めるためにコンサルタントが登場し、コンサルタントの強欲と共に経済システムも強欲になっていく。

「すぐれたビジネスリーダーはコンサルタントを雇わない。コンサルタントは、自分の組織を心配している不安定な権力亡者を食い物にしている。アメックスのCEOケン・シュノールトは、コンサルタントに電話しないとクソもできない。彼らはそこに深く入り込んでいて、電話帳に自分たちの番号を載せるんだ」(p243)


そして私がいつも不可解に思っている、「実際にやれたかどうかではなく、”どういうことをやると言うか”で評価やカネ(資金、資本、クラウドファウンディング)が膨らむシステムに対する疑義がエンロン事件を引き合いに出して語られる。

エンロンを批判する者があらわれて、会計手法に疑問を呈するようになると、マッキンゼーはいままで以上に熱烈な支持を表明した。「『取引』に関する技術は、ビジネスの規模や範囲よりも重要に、さらに戦略に関する洞察は、企業が全体に占める地位よりも重要になった。」この生命は不可解だー実際にしていることではなく、したいと思っていることが重要だと言っているのだ。エンロンでは最後に概念が現実するという、まさにマッキンゼーのコンサルタントが夢見ていた結果になった」(p286)


「職業」と「商売」が対立概念として記述されていることにはっとした。そして、先の引用にもあった、「社員の意欲の源が金になってしまったら」というところ、まさに「社員の意欲の源が金」でしかない(外資系の)会社に勤務している自分としては、周囲に流されないようにするというだけでは不十分だという辛い結論を受け入れなければならなかった。

組織は生き延びたが、ずっと大切にしてきた価値観はその途中でうち捨てられた。ラジャット・グプタのマッキンゼーは職業ではなく商売だった。それはもちろん、驚くほど成功した商売だったが」(p318)

「…会社を10年も率いてきた人物がマーヴィンが築き上げた価値観を見失ってしまったことで、私は二つの点に気付かされた。一つは、アメリカ社会全体がいかに金がすべてという方向に偏ってしまったかということ。もう一つは、現実の企業が現実の仕事をする手助けをするというみずからの存在理由を、金融界がすっかり見失ってしまったということだ…」(p370)


日本の政治は常にアメリカを手本として、成果主義や金融改革など言いますが、それが唯一の道ではないと思うし、世界の至るところでアメリカ的株主資本主義に抗う運動があることも理解できるようになりました。少なくとも、アメリカに先例があるなら、そこで起きている問題点は見えるはずだしそこを考慮してよりよい道を立案するべきだと思うのです。しかし現実は長らくそうだし現政権もそうですが「そんなこと言っても食えなきゃ意味がないだろ」と言わんばかりの進め方をします。そこには理想も何もないかのようです。
4478023514 マッキンゼー―――世界の経済・政治・軍事を動かす巨大コンサルティング・ファームの秘密
ダフ・マクドナルド 日暮 雅通
ダイヤモンド社 2013-09-21

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街の本屋で本を買う - 2014/06/07 ジュンク堂書店難波店 『Google Maps Hacks 第2版』

中身を見てからでないと絶対買えない本、そのひとつは参考書。

地図情報の活用方法を少し勉強したいなと思い、ウェブで見れる情報を少しずつ読んでいたのですが、そろそろまとまった知識として学びたいと思い、参考書籍を購入することに。重いし高いし、amazonで書評頼りに購入しようかと思ったのですが、この手の参考書籍は情報量とその見せ方の合う/合わないが個人差の大きいものなので、やっぱり中身を見てからにしようとジュンク堂へ。

amazonのなか見!検索は、物語とか雑誌とかはいいんですけど、参考書はなんというか使うときの「サイズ感」も大事なので、なか見!検索でディスプレイで見ても使い勝手がわからないんですよね。

という訳でジュンク堂でコンピュータの棚をうろうろしたんですが、意外と地図アプリに的を絞った開発書というのはないんですね。欲しい内容とは異なるんだけど『mapion・日本一の地図システムの作り方』が非常に興味をそそられる、参考になりそうな本だったんですがなんとか思いとどまり、GPS情報の詳細かGoogle Mapsの詳細かに的を絞って選んだのが『Google Maps Hacks』。既に開発スキルを持つ人向けの書籍ではありますが、調べたおしてみようかと。そういう決断も、なか見!検索ではできませんしね。

Google Maps Hacks 第2版 ―地図検索サービスをもっと活用するテクニック
Google Maps Hacks 2 Rich Gibson Schuyler Erle 武舎 広幸

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「30秒立ち読み」のススメ

本屋好きの私は客先から客先への移動中とか、少しスキマ時間があって通りがかりに本屋があると5分でも立ち寄ってしまうんですが、そんなとき「30秒立ち読み」というのをやっていて、ふと「これって実はオススメできるかも」と思ったので書いてみます。

「30秒立ち読み」というのは、今、巷に唸るくらい毎日毎日発刊されるビジネス系新刊、いわゆる「ノウハウ本」「ハウツー本」(”なんとかコンサルティングが1年目から叩き込むロジカルシンキング作法”とかそういうの)の、適当に開いたその節だけを読む、という立ち読みです。ただそれだけのことです。

今、ほんとに目も眩むくらいの数のビジネス書が「どこが出版不況なんだ!?」というくらいに発売されますし、そのタイトルは非常に扇情的で読んでみたくなりますが時間も足りないしお金も足りないし読んだところで行動しなければ意味がないとなんとなく薄々わかってる。でも、あの手のビジネス書に書いてあるのは、だいたい「頑張りましょう、さすれば報われます」くらいのことなんです、どんなにタイトルが扇情的でも。だとしたら、自分に行動を変えるためのきっかけになるような読み方をするのが、これらの本を読む上でいちばん重要なことであろうと思います。

そこで、どの一節でもいいですから、適当に開いたページを含む節だけを読みます。だいたいあの手の本はそういう意味ではうまく出来ていて、読ませやすいように節がすごく短くまとめてあります。だから逆にひとまとまりの節なら30秒くらいで読めてしまうのです。

そしてそれ以上は読まないことで、結構頭の中には鮮烈にその印象が残ります。自分でよく考えて、その知識を自分の血にまで持っていくかほどほどにしておくかは自分次第。でも、単に漫然と一冊最初から最後まで読む読書とはかなり変わってくると思います。

立ち読みを推奨するようなこと書いてもいいのか?というと、それに文句言ってくるのは著作権協会だけな気がしますが、自信を持って言えるのは、熱心に立ち読みする人のほうが本を買うということです。著作権協会は「すべての本を袋とじにして売りだしたらい」と去年くらいに言ってましたが、そんなことしたらそれこそ誰も買わなくなって出版不況だと思います。中身の確認ができない→表紙で扇情しようとする→そのうち、表紙が言ってることなんていい加減だという共通認識が生まれる→本が売れなくなる。絶対このスパイラルと思う。ちなみに私は昨年だけで多分5万は下ってないと思います、本屋で本買った金額。

街の本屋で本を買う - 2014/04/07 ジュンク堂書店梅田ヒルトンプラザ店『日経ビジネス3/24号』→三省堂書店京都駅店『WEDGE 2014/4号』

先日、中之島図書館に返却ついでにいつものように10分程度雑誌を読んでいて、ユニクロの経営方針転換を報じた『日経ビジネス3/24号』が(「食卓ルネサンス」という記事も含めて)非常に面白くて通しで読んでしまいました。その非正規社員の正社員転換策を読んでいると、こないだウェブで読んだドワンゴの川上会長が就活を批判している記事を思い出しました。そしてそれが『WEDGE』に掲載されているのを広告で見て、何故JR肝煎りのWEDGEがリクルートを名指しで喧嘩売ってるんだろう?原発大賛成というプロパガンダを掲載するようなレガシーエスタブリッシュよりの雑誌が?と疑問を抱いてしまうと、この就業に関する記事に立て続けに出くわした状況を無視できません。『日経ビジネス3/24号』と『WEDGE2014/4号』を買ってじっくり並べて読みたい!しかしながら『日経ビジネス』は定期購読誌。普通の書店では買えないしと思いとりあえず『WEDGE』を探すけどこれもJRの駅に絡む本屋じゃないとなかなかない。いっそ両方電子書籍で買うか、と思いながらジュンク梅田店でWEDGE探してたらなんと単体売りされている日経ビジネスを発見!ジュンク難波ては見つけられなかったのに。喜んでバックナンバー棚を漁るけどお目当ての号はない…。ジュンク難波でも端末で探してみたんだけど、『日経ビジネス』という、いろんな書籍に被せられる名前のついた雑誌を検索するのは難しく、単体売りが確認できているジュンク難波でも端末で『日経ビジネス』を見つけることはできませんでした。

出張で新幹線に乗る予定があったので、Wedgeは駅で買うことに、日経ビジネスは電子書籍で買って、新幹線で読み比べようと考えましたが、例によって出版社独自の電子書籍のひどいこと。日経ビジネスはNIKKEI BP STOREという電子書籍フレームなのですが、まずもってひどいのはオンラインじゃないと読めない!

オンラインじゃないと読めないということは、どのくらいでタイムアウトになる設定なのかまだ調べてないですけど、あるページじっくり読んでてさあ次のページ、とめくると「ログアウトされました」みたいなメッセージが現れて再ログインさせられる訳です。読んでられるかこんな本!

コンテンツ盗用を防ぎたい意図は重々承知しているんですが、「読めない本」を売るというのはどうにも理解できません。ましてSurfaceの画面サイズに合わせた見開き表示すると本文記事の文字は全然読めません。なので頻繁にピンチしてスライド、を繰り返すことになって煩わしい。それを解消するためなのか、「テキスト」というウィンドウがあって、文字通り記事が標準のテキストファイルのイメージで表示されるウィンドウを表示させることもできますが、そうなると電子書籍である必要ゼロ。記事の内容を組み替えてメールで配信するメルマガモデルに戻ってくれたほうがまだまし。

出版社毎に工夫を凝らして、こんな売れるか売れないかわからないようなプラットフォーム独自開発してお金無駄にして電子書籍化も遅らせるようなら、素直にamazonのプラットフォームに一斉に載ったほうが全然賢いと思います。そうまでして守りたいものはいったい何なんでしょう。TVでさえ視聴者をネットに奪われると言っているのに、このままじゃあ本なんてほんとに見捨てられると思います。

『鶴見俊輔集 6 限界芸術論』/鶴見俊輔

長い間興味を持ち続けているテーマが、ひとつは「過ぎたるは尚及ばざるが如し」で、もう一つが「美」。過ぎたるは尚及ばざるが如しというのは、人間の活動はビジネスにしてもスポーツにしても高みを目指して努力を続けるものだけれど、特にビジネスに関しては青天井という訳にはいかないし、利潤追求の結果いつかはたいてい破綻してしまうので、サスティナビリティと言った概念が登場したりする、でも本当に持続性を実現しようとするのであれば、どうやって「やり過ぎない」で住むような仕組みを構築するかを考えなければならない、その心得としての「過ぎたるは尚及ばざるが如し」。これを「確かに経済的にも、過ぎたるは尚及ばざるが如しだね」と納得できるだけの言葉を持ちたい。もう一つの「美」は、ニーチェが終盤たどり着いたのが「美」だと読んだことがあって、金銭とか数値とか理屈とかではない、というよりもそういうもので表しきられることのないモチベーションは「美」なのだろうと思っていて、「美」を何か差別的な特権的なポジションではなくて、人がよりよく生きるためのモチベーションというポジションに位置づけるような言葉を持ちたい。この2つの「言葉を持ちたい」という願望を長い間持っています。

そこに現れたのがこの『限界芸術論』でした。

今日の用語法で「芸術」とよばれている作品を、「純粋芸術」とよびかえることとし、この純粋芸術とくらべると俗悪なもの、非芸術的なもの、ニセモノ芸術と考えられている作品を「大衆芸術」と呼ぶこととし、両者よりもさらに広大な領域で芸術と生活との境界線にあたる作品を「限界芸術」と呼ぶことにしてみよう。

この三元論は衝撃でした。数直線状だった僕の「美」に対する意識を否定されました。芸術の尺度を単純に「美」だけで言ってはいけないとは思いますが、少なくともその「尺度」が三種類あることを肯定した文章に初めて会いました。

生活の中に芸術を置く試みというのは、僕個人の感覚としては相当難しいことです。その理由は3つあって、1つは、生活の中の芸術だとしてもある一定のレベルに達していなければ芸術として成り立たないということ。だから大抵は、学生時代の部活で馴染んだジャンルを生活の中でやるか、相当程度時間に余裕のある社会人が時間をかけて習得するかのどちらかになる。2つは、その結果、勢い社会全体が「生活の中に芸術を置く」という価値観を共有できないので、「生活の中に芸術を置く」という行為が「とあるムーブメント」以上にならないので、それは「社会」にならないということ。3つはやはり「限界芸術」は「職業」ではないので、それで生活を成り立たせず、その結果、いつでも脇に置かれてしまう性格にならざるを得ない、ということです。

本著でも柳宗理の「民芸」について取り上げられていますが、「限界芸術」が規定する、「生活との境界線にある」という点は、「美を極め(られ)ない中途半端な取り組み」の「言い訳」として機能してしまわざるを得ない、という決定的な弱点を持ちます。その弱点を自覚した上で「限界芸術」として取り組むのか、それともその「言い訳」を巧妙に駆使して、「天井」を回避するような楽なやり方に逃げこむのか。

すでに見てきた柳田国男の小祭の復興という理念は、ここに見事に生かされているのではないか。柳田・柳両氏に見られる復古主義的心情は、宮沢においては、遠い未来のほうをむく新しい革新的意思によっておきかえられている。

これを具現せんと活動していたのが宮沢賢治であるとし、彼の著作から「限界芸術」の理念を言語化していくところは圧巻です。賢治を読む人は誰しもが感じる無垢のループ。それが「限界芸術」のキーであるという説には厚みがあります。ただし、柳田國男を引いている点については、この後読んだ『現代日本の民俗学 ポスト柳田の50年』によって感想が大きく歪むことになりました。

4480085254 限界芸術論 (ちくま学芸文庫)
鶴見 俊輔
筑摩書房 1999-11

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街の本屋で本を買う - 2014/02/17 スタンダードブックストア@心斎橋→天牛堺書店ekimoなんば店 『週刊 東洋経済 2014年 2/15号』/東洋経済新聞社

さすがに東洋経済はなかったですが、日経ビジネスやCOURRIER JAPONは置いていて少しびっくりしました。

昼休み、中之島図書館に返却と貸出に行った際、目に入った東洋経済。表紙に「70歳まで働く 45歳から考える「次の仕事」」。これは買ってよもう、電子書籍版がいいかと思ったけれど読みにくいことは判っていたので、これは紙の書籍で買うことに。

で、売ってる訳ないと思いつつ、ルート上行きやすかったスタンダードブックストアへ。かなり久し振り。スタンダードブックストアにビジネス書買いに来ることなんてなかったので気付かなかったけれど、意外にも「Business」というラベルが貼られた書棚が結構多いです。ビジネス系の雑誌なんて見たことなかったと思ってたのですが、冒頭書いた通り幾つかはありました。Businessの棚はやはりIT絡みのものが多かったです。気になっていた『Yコンビネーター』を見つけたのでしばし立ち読み。有限責任が理解できてなかったドイツ人学生とか、意外と普通にいるんだな~となぜか少し安心。そう言えば、いかにもスタンダードブックストアに来そうな雰囲気の女の子二人組がホリエモンの新刊を手にしてたのをみて結構な衝撃を受けました。サブカルチャーなのかカルチャーなのか、そういう意味でポップになり浸透していくというのはあまり良いことではない気がしました。これは少しきちんと考えたいなと。

店を出てここから最寄りのビジネス誌売ってそうな本屋どこだ?と思い浮かべてみたらこないだ行った天牛堺書店ekimoなんば店が。なんばは四ツ橋筋がジュンクとBook 1stが並んでて便利だと思ってたんですが、やっぱり御堂筋側にあるのは強いですね~。今後はこちらのほうが利用頻度が高そうな気がします。

B00I48R27E 週刊 東洋経済 2014年 2/15号 [雑誌]
東洋経済新報社 2014-02-10

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