「わたしのわたし」と「あなたのわたし」は違う-「当事者性」の問題 『チェルノブイリで考える』/津田大介ー『チェルノブイリダークツーリズムガイド』

 「わたしのわたし」と「あなたのわたし」は違う。という当たり前のことをいつもくどくどと言ってしまうのですが、そういう当たり前のことをつい言ってしまう気持ちの理由というのを、改めて深く考えてしまいました。

 過度な当事者主義の横行も、異常な放射線忌避による風評被害も、震災遺構をめぐる問題も、すべてに通底しているのは問題の「腫れ物」化だ。紛糾を恐れ、デリケートな問題の議論を先延ばしにしてきたことが我々から「当事者意識」を奪ってしまったのではないか。

 「当事者」というのはとても困難な問題です。「当事者」の要望は、「当事者」が表明するだけでは叶えられないことがある。だから、「当事者」ではない人間がそれを拾い上げるという行動が起きますが、この「拾い上げ」が、「当事者」の意に沿っている場合といない場合があり、更に、純粋に意を汲み損ねている場合と意図的に沿っていない場合があります。「当事者の気持ちを考えてみたことがあるのか」という、一見反論しようのない言い方で意見を通そうとする人々は、非常に危険であり、意見を表明する立ち位置としてこれは絶対的に間違っているということを明確にしたほうがいいように思います。「当事者の気持ちを考えてみたことがあるのか」という言い回しを使う心性には、「どこまで行っても相手方の気持ちを100%正確に理解することなどできない(かもしれない)」という想像力が働いていないことが明白だからです。我々は、「当事者」の代理で発言することは、本来ほぼ100%不可能なことだという謙虚な姿勢がどうしても必要になると思うのです。

 一方で、「当事者」が「当事者」として発言するときにも、同じことが言えると思います。このことを言うのは非常に骨が折れるのですが、それでも言わなくてはならないと思いますが、「当事者」は、「当事者」としてだけ発言すればいいのかというと、決してそうではないと思います。「当事者」は、「当事者」以外の人々が存在する「社会」を見据えた上で、要望を発言するべきだと思います。震災遺構の保存に関する保存派と解体派の対立と遷移は、時間経緯だけで考えるのではなくて、「当事者」と「非当事者」の双方向の意見交流の望ましいスタンスからも考えたほうがよいと思います。

 その上で日本社会のよくない点というのは、「当事者」に対して「社会」を見据えさせる強度がもともと強すぎること、つまり「忍耐」を強いすぎることだと思います。そして、特に震災に関してなぜ「当事者」に「忍耐」を強いさせるかと言えば、私たち「非被災者」が「非当事者」として振る舞っているから、「当事者」という自覚がないからに他ならないと思います。それは日本で起きたことでありながら、自分たちの問題ではなく、いつの間にか「先送り」に加担してしまっている。

 「わたしのわたし」と「あなたのわたし」は違う。当事者の代わりに、当事者の「わたし」を使うことは許されない。けれども、「わたし」を非当事者として配置するのは更に許されない。この当たり前のことを、「私たち日本人」的な思想でぼやかしてしまっているのにどうも苦々しく思います。わたしはあなたを、あたなはわたしを、双方思いながら物を言う。それを理想論だというところから、第三者が仲介に入るという形式を選ぶか、双方思うことなく「わたし」の主張をひたすらぶつけ合って着地点を探る形式を選ぶか、というような選択論が出てくるのだと思います。後者は短絡的にはアメリカ的な印象を持ち、こういう「声の大きさ」で勝負を決めるようなやり方はよい進歩を導かないと思ってきましたが、今現在の状況を鑑みると、お為ごかしが横行して「当事者」が救われないことの多い状況よりも、そちらのほうが幾分ましなのではないかと考えてしまいます。
4907188013 チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド 思想地図β vol.4-1
東 浩紀 津田 大介 開沼 博 速水 健朗 井出 明 新津保 建秀
ゲンロン 2013-07-04

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街の本屋で本を買う - 2013/08/17 ジャパンブックス生駒南店 『文藝春秋 九月特別号』-『爪と目』/藤野可織

 データ・サイエンティスト関連のムック本、もしかしたら売ってるかな、と思ってちょっと行ってみたけれどやっぱり無くて、折角行ったので芥川賞受賞作を読もうと『文藝春秋』を買って帰りました。

はじめてあなたと関係を持った日、帰り際になって父は「きみとは結婚できない」と言った。

の書き出しが有名になったように、この小説は「あなた」を主人公にした二人称小説で、この「あなた」と「わたし」の倒錯のややこしさと面白さが肝だと思うのですが、私にはどうしてもこの「あなた」を、読んでいる私に作品が向けているように取ってしまって仕方ありませんでした。

 本作には、三歳の女の子の「わたし」と、その父親、ベランダで変死した母親、そして父親の愛人で母親の変死後同居することになる「あなた」が登場しますが、「あなた」は生にとても執着の薄い人間として描かれます。子どもの頃、ハムスターを飼いたいと両親にせがんで買ったものの四か月で死んだ後は特段それを悲しむことも新しい生き物を飼いたいとも思わなかったというペットに関する挿話を、「わたし」と同居することになる際に思い出してわくわくする話として引き合いに出されるくらい、情の薄い人間(相手の男の連れ子と住むのを、ペットを飼うのと横並べにするような)。

 この、「目の前に流れていくことをうまくやり過ごしていくだけ」の「あなた」を、徹底的に冷徹に見つめていた「わたし」という存在も、一点を除いて「あなた」と「だいたい、おなじ」と言ってしまうんだけど、読んでいる最中、情が薄くて流れに任せるだけで「(不都合なものは)見ないようにすればいい」で生きているこの義母のことを「あなた」という、その「あなた」は読んでいる自分だ、と取ってしまいながらどうしても読んでしまいました。どうせオマエは、自分の身の回りで起きている面倒なことをすべて「見ないようにしている」んだろう、と非難され続けているようでした。

 そう非難し続けている「わたし」も「あなた」と「だいたい、おなじ」と言うところ、人間の精神活動の両義性みたいなものを感じて唸るのですが、「だいたい」じゃないところがどこかというのと、「見ないようにすればいい」という、作中登場する本の一節から引用された文章を「わたし」が「あなた」に言って聞かせたのが、「わたし」が三歳のこの時点ではなく「さらにあと」と表現される、「わたし」が恐らくはこの時点での「あなた」くらいの年齢に追いついた段であること、この二つを思うと、人間は所詮、という少し暗い気持ちにもなります。

 何を見ないといけないのか?という問いを突き詰めたくなる物語なのですが、なぜか、この「あなた」の突きつけられ方に強く引き付けられて読み終えたのでした。

サザン、桜井高校、女子マラソン

先週末はスポーツとか音楽とか、そういうのから様々刺激を受けました。

NHKで放送された「35周年スペシャル 復活!サザンオールスターズの流儀」。サザンは若い頃、好きと嫌いが微妙に入り混じる対象で、ときどき繰り出す絶妙に力の抜けた「おふざけ」の、その面白さは判るんだけど、なぜサザンだったら許されるのに他で許されないことがあるのか、サザンのセンスは判るけれどそれだけで認められていいのか、という割り切れない思いと、絶妙に逃げずにもっと腰を入れてやってくれよ、という歯がゆい思いで、のめり込むにのめり込めないバンドだったんだけど、自分が30代後半を過ぎたあたりから、サザンがサザンを続けている凄みとかファンを大事にするスタンスとかに感動してました。

桑田さんが番組の後半、「青山学院大学って洒落た大学に入って、彼女つくって楽しもうって思ってたけど、全然そんなふうにならない。半年ほど経ってサテンでTVの長嶋さんの引退セレモニー観て涙が思わずはらはらと流れて。オレ、何やってんだろうって」。その挫折があって音楽に行けたし、ここまでやってこれたと。その後、恒例の「流儀」をまとめる最後の下り、「サザンの流儀」で「力を抜くんですけど、そういうのはどうしても下にいっちゃうんですよねえ~」と、この上ないサザンらしい脱力感で締めてました(笑)。

高校野球、我らが奈良県代表桜井高校を一生懸命TVで応援してたんですが、監督も言ってた通り、先攻取ったらよかったのになあと思ったところはあります。奈良県(勢)の傾向として、後攻を取るんですよね。最後の最後を残しておきたいという心理。これ、県民性だと思います。

それはともかく、桜井高校は「自分との闘い」を主眼としているといろんな記事で読んでいました。好プレーには敵味方なく賛辞を贈るし、好打したりしても派手なガッツポーズはしない等、精神面を重視しているのが随所でよく判りました。率直に言って、甲子園で勝とうと思ったら、若さ丸出しでガッツポーズ出して勢いに乗るほうがいいし、下手な緊張とは無縁でいれると思います。

それでも、桜井高校は自分たちのスタイルを貫いて、それぞれに感じるところを持って一試合やり抜きました。スポーツである以上、勝ちを目指すのは当然ですが、「何を持って”勝ち”というのか」という、非常に高度な問いかけをされたと思います。それも、従来のありがちな精神論や修養論ではない、長い長いスパンを持った、考え続けるにふさわしい問いかけだったと思います。

自分がビジネスマンとして停滞している、停滞期にいる、そんな忸怩たる思いをいつも微かにでも抱きながらここしばらくの日々を過ごしてきた私にとって、サザンと桜井高校が見せてくれた「経過」は、新たな意欲を生み出す素になってくれそうなものでした。

そういう、芸術家魂やスポーツマンシップに触れて充足する一方で、世界陸上モスクワの女子マラソンの中継。日本人選手の前を行く3位の外国人選手がリタイアした際、「よしっ」という声とともに中継サイドの拍手があったのは頂けなかった。確かに日本人選手のメダルは渇望されたことなので喜ぶのは理解できるけれど、ライバル選手がリタイアしたタイミングでの拍手は潔いものではないと思う。もちろん、ライバルがリタイアしたことも含めてレースだから、3位になったことを喜ぶのは当然のことだと思う。だからこそ、あのタイミングで拍手するべきではない。


独走会 - 小南トンネル手前(黒滝) 86.09km

去年辿り着けなかった洞川温泉、「いつかまたチャレンジできる時が来る」と言ったのを果たすべくアタックしましたが、(下調べ不足で)あと1kmで頂上というところで無念の通行止め断念でした。


これが今回のルート。なぜかマイル/フィート表示ですが。

今回はただひたすら洞川温泉に辿り着くことだけを目指したので、途中の寄り道一切なし。登りのスタート地点となる下市口までの40kmは途中1度休憩を挟んでひたすら体力温存を意識して走る。下市口を出てまず309号線の平均6%前後の3kmを走り、そこから12km走った後、いよいよ県道48号線、平均斜度11%強の山道を6km、標高差560mをほぼ一本調子で登り続ける。309号と県道48号の間の12kmには、日本最古の水の神社・丹生川上神社下社とかお馬さんとかキャンプ場とかおもしろそうなものが山ほどありましたが写真など一切撮らず。ひたすら洞川温泉目指して突っ走る!


下市口を8:00に出発したいので、7:30下市口到着予定にして、5:30に生駒出発。朝日が赤い。

下市口までの40kmは概ね快調で予定通り。食べたのはカロリーメイト一個。ただ、どうも吉野近辺は相性が悪くて、いつも走っても走っても「まだ着かんのか!」という苛立った気分になるものの、これもメンタルを鍛える一環だと抑えて走る。

下市口のコンビニで、40km分の疲れをなるべく取るため15分くらいの十分な休憩と、水分と補給食の確保。ここでウィダーインゼリーを食べて、予備一個を買い、持参のメイタンccc x2と併せて3個の補給食。メイタンは県道48号の登りはじめで1本、力尽きかけそうになったら残り1本を食べる想定。

309号の登り斜度6%3kmは比較的快調。登りはじめは辛かったものの、リズムを掴むと6%なのでスムーズに登れました。ここの頂上のほうが、県道48号の上のほうより景色がよかったかも。

で、問題の県道48号。

309号で途中まで登ってきて、9:00頃道の駅黒滝の分岐から東に逸れて県道48号に入るというルートを選んだので、県道48号の登りの入り口、河分神社あたりで「小南トンネル全面通行止め 洞川方面は309号に迂回してください」という張り紙を見てたものの、その時点でもう打つ手なし。今更309号に10km弱かけて引き返すだけの時間も気持ちも体力もない。どこで停止させられるのかわからないけれど、とにかく登れるところまで登ろうと腹をくくって9:30頃、県道48号にアタック。

しかしやはり県道48号は甘くありませんでした。落石はゴロゴロしてるしクラックは入ってるしそのうえ斜度は10%越えで休みなし。ひたすら10%以上で登り続ける。そりゃもう何度も休みました。いちばん怖かったのは水が尽きること。だいたい、走れているときで時速7km前後。漕いで出せる最低速度。これ以上遅いと、こけてしまう速度。で、1km登るくらいで力尽きるので、6km登るのに1時間以上かかる計算。これは去年の経験上覚悟してたことなのですが、道が悪いということがどれだけ登りにくいことなのか、去年よりも今年のほうが経験積んだ分だけよくわかりました。そして今回、初めて「眠くなる」という疲れ方を経験しました。



そして標高890m地点、無念の通行止め。

このゲートの隙間を縫ってまだ先に進めそうではあったけれど、交通ルールを守るのがサイクリストの精神、通行止めと警告されているところは通行しないのが当然。残念だけどわかってたことなのでここで引き返しました。

ただ、斜度10%のダートって、下るのも大変なんですよね・・・握力がなくなっていって。登りも下りも辛かったです。

とは言え、下りきった後、下市口までの20km弱は頗る快調で、登るのは辛かったけど結構足は回復してくるようになったなと思いました。

今回は、洞川温泉まで行けなかったものの、やりきったことがすべて。箇条書きは、要らないな。309号でなら泥川温泉に辿り着ける自信はある。近いうちに再挑戦したいな。

ちなみに下市口から特急に乗ったのですが、特急券を注文した駅員さん、私が自転車なので気を利かせて車両の後ろの席を取ってくれたのはいいんですが、橿原神宮前での乗換がホームのいちばん遠い車両で、かつ、車両の後ろには荷物を置けるところがない車両という、親切なのか意地悪なのかわかりませんでした(笑)。

LOSTAGE "New Moon, New Moon. ~背中と背中~" 2013/08/07@奈良NEVERLAND

素人の僕にも、ギターの音がよいということは判ったのでした!


先月のpangeaに続いてのLOSTAGE。前日はインターネット放送のDEERs NARA Channelというのに兄弟揃って出てはったんですが、疲れの溜まってた僕は0:30でリタイア。寝ちゃいました。視聴者500名を目指そう!と(DJの人が)言ってましたが(笑)どうなったんでしょう。

この日いちばん印象に残ってるのは、オープニングのエフェクト!僕が行ったライブでああいうオープニングから曲に入ったことないような気がするんだけど、どうだろう?おとぎ話との対バンに合わせてキラキラした音から入ったとか?そんなことないか(笑)。『僕の忘れた言葉達』『あいつ』、あの流れ良いです。

途中、MCで「今日はええ曲いっぱいやるよ」と兄さんが言ってましたが、ほんとにいい曲目白押しでした。「いい曲」というのは言い回しが難しいけれど「聴かせる曲」と言えばいいのか「メロディアスな曲」はちょっと違うな、とにかく大音量感で盛り上がっていくというのではなくて聴き惚れるというか酔いしれるというか、そういう面のある曲をずらりと並べられたように感じました。いつもはNEVERLANDで聴くと他より小さいうえにお客さんが少ないこともあって音圧を感じまくるのが高揚感だったのですが、この日は音が個々の音がすごくくっきり聴こえて、「大音量なのに耳を澄まして聴く」という、不思議な体験をしました。神経を研ぎ澄ませて一音一音聴くのが楽しかった。

そういう意味ではやっぱり『SURRENDER』がベストアクトかな~。pangeaのときとは全然違うと素人の僕でも判るくらい、ギターで変わるもんなんですねえと。めっちゃ聴き入りました。レコードされた音がその曲のあるべき姿の音だと思ってる訳ではないので再現性云々はないですけど、率直に言ってpangeaのときよりこの日の音のほうが好きでした。pangeaのときの、今のLOSTAGEが出している『SURRENDER』も感慨深かったんですが、純粋にこの日の『SURRENDER』はよかったです。美しくて。

さてやっぱり途中五味さんがMCで語ったことについて感想を書かないわけにはいかない訳で。

この日の前日、五味さんのお友達が何かの事故で(兄さんの言葉をそのまま借りると”悪さして”)亡くなったそうで、そのことに思いを馳せながら曲をやります、と言ってました。誰かの死に出くわすたびに、生きていることがありがたいこと、自分に残り時間がそれほどないこと、をつくづくと思いしるし、五味さんもその感情をとても言い表しにくくしているふうでしたが、僕も去年とある出来事があって、残り時間はそんなにないんだと思うようになって、やり方や流儀や新しいメソッドの取得なんかに夢中になるより何をどれだけ実施し何をどれだけ経験するかだろうというふうなスタンスに変わりつつあります。ほんとに残された時間は少ない。その少ない残された時間を、対して思い悩みもせずできるだけ気楽に楽しく過ごすように生きるのもいいし、ただただ経済的充足のためにまっしぐらになって生きるのもいい。でも僕はどうしても、何をどれだけ考えられたかが充実感に繋がる。だからできる限り、残り時間が少ないんだという危機感が、本能的な危機感であり続けるように生きていきたい。

ただ困ったことに、「その間際」の恐怖をふとした瞬間に実感してしまうことが、その危機感に少し鈍感にしているような気がする。

原爆の日に-『チェルノブイリ ダークツーリズムガイド』/東浩紀

原爆の日の今日、この本を紹介します。ひとりでも多くの人に読んでほしいから、印象に最も残る日だと思うから。

「チェルノブイリ」と「ツーリズム」が、「原発事故跡地」に「観光地化」が結びつくその様は、最初は強烈な違和感を持つかも知れません。不謹慎、という言葉が出てくるかもしれません。しかし、アウシュビッツや広島が観光地化していることを思い返すと、チェルノブイリが観光地化していることはけして不謹慎なものではないと理解できるようになります。それは、チェルノブイリ周辺に暮らす人々の収入源を生み出すという実利的な理由だけでなく、「歴史」を実在のものとしてこの地球上に残存維持していくことの意義を理解できるからです。そういった、歴史の悲劇の面・負の面を見れる場所への観光を、「ダークツーリズム」と呼ぶのだそうです。

本書の「はじめに」でこう語られます。

福島第一原子力発電所の事故は、けっして例外的なものではありません。その二十五年前にはチェルノブイリがありました。そしてまた、二十年後、三十年後には(あってはならないことですが)、アジアかアフリカか世界のどこかで同規模の事故が生じるかもしれません。わたしたちは、福島を、そのようなグローバルな事故の連鎖のなかに位置づける必要があります。

原爆ドームがあってさえ、今このような状況に進もうとしている現代です。もし、福島を「歴史」として残存維持する努力を怠ったならば、我々には「進歩」はないということになるでしょう。

チェルノブイリの、福島の記憶は未来に受け継ぐために、「忘れてはならない」とお題目を唱える以外になにができるのか。それが本書を貫く問題意識です。わたしたちは、そのひとつの回答を探るためにチェルノブイリまで行ってきました。

じっとしているだけならそれも大きな罪。一般庶民の私にとって、「お題目を唱える以外に」チェルノブイリまで行くことはできないから、例えばこの本を隅々まで読み、チェルノブイリの今を知ることが、「歴史」の残存維持のために私にできることのひとつであり、やらなければならないことのひとつであると思います。

4907188013 チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド 思想地図β vol.4-1
東 浩紀 津田 大介 開沼 博 速水 健朗 井出 明 新津保 建秀
ゲンロン 2013-07-04

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本著はゲンロンが年一回刊行されている思想地図βの2013年度版で、今年は2冊刊行されるそうで、その第一弾がこの『チェルノブイリダークツーリズムガイド』、そして第二弾が『福島第一原発観光地化計画』で、8月中に刊行予定だそうです。

待機児童、禁煙外来、費用対効果

「全国の待機児童25,000人を2017年度までに解消を目指す」というニュースが流れた後のCMで、「禁煙外来は健康保険が利用できます」というのが流れて、うーん、と考え始めたのです。

勝手にタバコ吸い始めてそれで依存症になったりして、それを治すのに健康保険からお金が出るというのはどういうことだ。そもそもタバコを吸わない私などはそう思ってしまう。タバコを止めるというのは、病気を治すのとは違うではないか。しかしアルコールもそうだが依存症にまでなってしまった人は、それを治すために高額な医療費を払ってまでやるとは思えない。だから保険適用を認める。タバコを吸い続けた人が肺癌になったり副流煙で周囲の人が健康を害したりすることによって膨らむ医療費が健康保険支出を増大させているなら、それよりも禁煙外来にかかる保険費用が少ないなら、禁煙外来に保険適用を認めるのが、費用対効果としては正しい。

いや、なんか納得いかん。

そもそもタバコを売らなければいいのだ。そうすれば、肺癌になったり副流煙で周囲の人が健康を害したりすることで発生する医療費がそもそもチャラになるのだ。と言うと、「タバコを吸うことも個人の権利であり自由のひとつである」となる。副流煙が公共の福祉に反しないのかどうかというのは置いておいて、確かにタバコを吸うのは個人の自由なので、「タバコ保険」をつくればよろしい。taspoがあるのだから、タバコ1箱に自動的に「タバコ保険」料を上乗せして、万一喫煙者が肺癌にかかろうものなら、taspoを提示すれば「タバコ保険」が適用されるようにすればよろしい。これがITの正しい使い方だ。我々非喫煙者も支払っている健康保険の勘定丼の中から賄われるというのは誠に受容しがたい。

そういうと「保険の精神に反する」「互助精神が云々」「細分化は社会格差をかんぬん」となる訳ですが、勝手にタバコを吸い始めて、肺癌になって治療をというのはまだしも、禁煙するのに保険適用というのはやっぱり変だと思う訳です。それを解決するためにtaspoと「タバコ保険」による仕組を導入するためにかかる費用が禁煙外来に使う保険費用よりも莫大にかかるというならこればっかりは目を瞑るしかないかと思いますが、そこそこええ線でやれまっせ、ということなら、歯を食いしばってでも防ぐべきモラルハザードがそこにはある、と思わなくもない。

そんなことを財政負担するくらいなら、待機児童解消に予算を回せたほうがいいんじゃないの?と、そのCMを見ながら思って、25,000人ってどのくらいの割合なのか?と思っていろいろ統計を見てみると、wikipediaによると保育所利用数は約220万人。待機児童25,000人というのは約1.1%ということになる。1.1%を解消するためにどれくらいの労力を割くべきなのか?いや、パーセンテージの過多に関わらず、これはゼロにするべきものなのか?とかいろいろ考えていると、テレビのニュースは「社内保育所の閉鎖相次ぐ」と言いだした。

なぜ?待機児童は解消されてないのに?

要は、「児童は増減するが、保育士は常に児童の定員最大に対応できるように雇用しなければいけないので、収支がどうしても合わない」ということだった。これは社内保育所に限らず、公的私的含めて、日本全国で起きている、待機児童問題の根本なのだろうなと思った。

グローバル化が進めば、人は移動しやすくなるし、移動しなければならなくなる。

居住のフレキシビリティが高まるということは、人口の増減も活発になるし、もちろん児童の年次変動も活発になるということ。あたかもゲリラ豪雨のように、ある年はこの地方に人が集まり、ある年は別の地方に人が、というのが当たり前になっている。じゃあ保育所の体制もそれに合わせて柔軟に、とはいかない。保育士さんを減らして、来年子ども多そうだからまた増やす、なんて簡単にいかない。保育士数も不足しているのだから。

クラウドが世間を席巻しているように、なんでも「必要な時に、必要な分だけ」利用できたらそれがいちばんいいに違いない。けれどそうは行かないから冷蔵庫に食料品貯めたり、貯金したり、蓄電したりする訳です。人が動きやすくなったからと言って、じゃあ保育所とか学校とかもフレキシブルに、と、そういう訳にはいかない。フレキシビリティを高められる部分と、フレキシビリティを高めるからこそ、安定的にサービス供給できなければいけないサービスというのがあって、保育所は恐らくその一つに数えられるものだろうと思う。だからやっぱり、禁煙外来に保険を使うよりも、優先順位としてはこちらなんじゃないの?と思う。別に禁煙外来のほうがハイプライオリティです、とニュースで言ってた訳では、ないけれど。

言葉遣い

もちろん自分も含めて、今の奈良に最も必要なのは「丁寧な言葉遣い」。だな。

先日、ならまちを巡った際、お店の人とかいろんな人と通りすがりに一言二言話すことになったんですが、奈良の人というのは、けして無礼な言葉遣いではないんだけど、気持ちよい言葉遣いでもない。と一概に決めてかかるのは危険だけど、奈良生まれとしては前々から思ってて、奈良県人というのは若干後ろ向きな話し方をする。つっけんどんというか。そしてちょっとキツい。少し上から見ているようなトーン。

あれはやっぱり奈良県人の内向性というか閉鎖性というか、閉ざしてバリアを張る修正が、言葉遣いに出てるのだと思う。かく言う僕もそういう話し方をする。おまけに僕の場合厄介なのは生まれは奈良だけど小学生になる前から大学卒業するまで三重に住んでて、三重は結構フレンドリーで温かい話し方をするので、それに慣れてしまっていて(笑)奈良に戻ってきたら自分は奈良県人らしい、キツい話し方をするのに同じ奈良県人に話されたら「なんかキツい」と感じてダメージを受けるという(笑)。

NHKBSの「こころたび」でも、他県の方がほがらかに話す中、奈良の週だけはなんかなんというか・・・という感情を抱きながら観てた。決して悪い人間じゃないんだけど奈良県人って、でもフレンドリーじゃないんだよなあ。

言葉遣いというのは心の有り様が現れる、というけれど、言葉が心を規定するというのもまた事実で、使う言葉を意識することで、心の有り様が変わるのも事実だと思う。この試みは口で言う何万倍も大変で、頭の中を流れる言葉の一群というのは自然に流れて行ってしまうので、既にもう完全に規定され言葉遣いとがっちりリンクした枠組みなので変えるのは大変だけど、心持を変える方法というのはこれしかない。言葉遣いを、変えよう。

独走会(どくそうえ) #03 - おふさ観音

先週の話になりますが、7/21は第三回独走会(どくそうえ)、おふさ観音でした。

独走会は一回目が長谷寺、二回目が朝護孫子寺と、少しハードめの目的地だったので、今回はド平坦で、あまり遠すぎないところを選んでみました。

おふさ観音は富雄・生駒界隈からだと往復50kmちょっとくらい、近鉄八木駅から2,3kmのところで、夏の間は「風鈴まつり」やってます。境内に「おふさ茶房」があって、風鈴があまた飾られた庭園を縁側越しに眺めながらかき氷を頂けます。奈良の夏のツーリングにお勧めできる目的地です。

境内では、「おふさ観音アートフェスティバル」が開催されているそうです。僕は時間なくて観させて頂けませんでしたが、貼られていたポスターがとてもカッコよく、興味惹かれるものでした。

http://www.ofusa.jp/artblog/2013/07/post-8.html


ルートはこんな感じ。田原本あたりから走った24号大和御所道路がとてつもなく超快走路でした。お勧めです。



独走会 - 朱雀門・稲妻温泉・なかにし・sankaku、そして奈良警察署

教訓:身分証明書は二か所に分散して所持すること。

確か去年の夏、何かのフリーペーパーで「稲妻温泉」というのを見て、「銭湯!なるほど!銭湯に入りに駆けるってのもいいな!」と密かに温めていたライド。のんびりゆっくり、いつもの奈良へ。


ひさしぶりの朱雀門。いつ行ってもそんなに人気がない、そこがお気に入り。


稲妻温泉。ならまちは結構銭湯いっぱいあります。いい感じでアップの終わった体の汗を流して、桶で頭から冷水何倍も被って(シャワーなんて当然ないので)、最後に水風呂入ってシメ!脱衣所で涼んでファンタオレンジ飲んで、せっかくなのでヘルメット被らず歩速でならまちを流してみる。気持ちいい!


そして更に涼みに「なかにし」へ。今年二回目の「なかにし」の氷。ここの氷はしっとり系です。マイルドで優しい冷たさ。


山本あつしさんが個展をやっていらっしゃるというので、藝育カフェ sankakuへ。その名も「ザ」。facebookでちょくちょく「ザ・」から始まるタイトルの写真をアップされてて、おもしろいな~と思ってたので、「画廊ごっこ」と仰ってるし、それならズブの素人がお邪魔してもよかろうと足を運ばせて頂きました。

最初、一週して「ザ・スタチュー・オブ・リバティ」がおもしろくていいなあ、と思ったんですが、意味がわからなかったこの単語を山本さんに聞いてみたらこの一枚が僕の中では一等賞。おもしろいです!


ひとしきり休日のならまちを満喫して、さあ帰ろうと思ったら・・・財布がない!厳密には定期入れなんだけど、そこにお金とカードと免許証(ほんとは保険証を入れたつもりが免許証入れてた)が入ってる。参った・・・とりあえずポケット再確認、鞄再確認。やっぱりない。

「なかにし」でお金払って、ジャージのポケットに入れたところまでは覚えてる。だから、「なかにし」から「sankaku」までのルートで落としてるはず。と思ってもう一度そのルートを辿ってみるけど(実際のところ、「なかにし」から「sankaku」は直線で100mないくらいだけど、ちょっとだけ遠回りした)、やっぱりない。

観念して、まずはカードの停止にかかる。立ち止まれるところないかなあ・・・と探して、元興寺の入口にへたり込んで、クレジットカード、キャッシュカード、PiTaPaの順で停止。こういうとき、スマホって本当に便利だなあと思う。スマホなかったら、紛失連絡の番号調べるだけでも一苦労だし、そもそも電話するのも大変。だって財布落としてるから公衆電話からもかけられないし。昔、一度財布落としてカード停止手続きしたことはあるので雰囲気は判ってたけど、どの窓口も非常にスムースに対応してくれます。

一通り手続き終えたので、警察に紛失届を・・・と、いちばん近い交番をスマホで調べて(こういうときも便利ですよね~)、「ならまち交番」へ。鍵かかってたんだけど中に人がいるっぽいので相図してみたら出てきてくれて、財布落とした旨伝えたら、届いてるとのこと!

なんでもならまちを巡回している係りの人が拾ってくれたそうで、免許証入ってたから名乗ったら一発で判ってもらえました。ただ、財布は既に本署(とおまわりさんは呼んでいた)に持って行ったとのことで、そちらに向かいました。

本署では先にならまち交番に行ったことも伝わっていて、書類の記入だけでスムースに返却してもらえたのですが、最後にいちおう本人確認の手続きがあって、財布ごと落とした僕はこれで結構困りました。ケータイに自分の名前を登録してたりするばよかったんでしょうが、それはそれでケータイを落として悪意ある人に拾われた際困るから登録しないという考え方もあって、僕の出した結論は、「身分証明書の分散」でした。荷物が増えればそれだけ忘れるリスクも高くはなるんですが、鞄の中に入れっぱなしにするなら大丈夫でしょう。

ならまちを巡回しているというその人は、ならまち交番のお巡りさんは知り合いのような感じでしたが、「お礼の権利も放棄されて名乗らなかったので」ということで教えてもらえませんでした。親切な方に拾って頂いて本当にありがたかったです。お礼を直接述べることが叶わぬ中、ここでお礼を申し上げさせて頂きます。